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開始直後の騒動はあったものの、収穫を祝う夜会は予定通り進んでいた。
ハイネス王子とイライザの処罰等については夜会の後に行うことになり、
二人は王宮の客室に軟禁されている。
ココディアへの対応などを考えると頭が痛いが、
今はまずこの夜会を無事に終わらせなくてはいけない。
王族席に座り、お祖父様とともに貴族たちからの挨拶を受ける。
爵位順ではなく歴史が古い順で挨拶に来ているために、
王宮でもよく見かける顔、文官や女官を輩出する名家から挨拶が始まる。
挨拶も全体の三分の一くらいを過ぎた頃、
次に挨拶に来た夫妻を見て、クリスが一瞬だけ殺気だったのを感じる。
夫妻の名乗りを聞いて、あぁこの人たちがそうかと思う。
ヘルゲ・バルテンとアメリー・バルテン。
バルテン公爵夫妻、クリスの両親だった。
金髪紫目のずんぐりとした公爵に、銀髪緑目で長身美人の公爵夫人。
もとは公爵夫人が公爵家の一人娘で、婿養子のヘルゲが公爵を継いでいる。
にやにやとした嫌な笑い方で公爵がお祖父様ではなく私に話しかけてくる。
そのことだけでも嫌な感じなのだが、会話の内容がひどかった。
「いやぁ、我が公爵家のクリスを選ぶなんて、ソフィア様もお目が高い。
昔からクリスは美しく賢いと有名でしてな。
ソフィア様の代わりにこの国を豊かなものに導けるでしょう。
我が公爵家としてもこれ以上ない名誉!
私どももクリスを万全に支えていきますとも!」
…この人、クリスのこと出来損ないって言ってたんだよね?
隣で頷いている公爵夫人も、クリスよりもデニスのほうが可愛いって、
クリスのことは全部使用人に任せていたんだよね?
王配に選ばれたからって今さら公爵家のクリスとして扱うつもりなの?
あまりのことに言い返そうとしたらお祖父様に手で制される。
どうして?と思っていると、機嫌の悪さを隠さないお祖父様の声が響いた。
「公爵も、公爵夫人も何を言っているんだ?
クリスはもう公爵家とは関係ないだろう?」
「…え?あぁ、フリッツ王子の養子になったのは聞いております。
……ですが、産んで育てた恩というものが…。」
「あるのか?クリス。」
「いいえ。そのようなものはありません。
わたくしはフリッツお義父上の息子ですから。」
「…っ!!」
すましたまま一度も公爵夫妻の顔を見ることなくクリスが答える。
それに満足そうにお祖父様がうなずいた。
「そうだな。クリスはフリッツの息子で、俺の孫でもある。
で、公爵夫妻よりも身分は上になる。
…今後、軽々しく話しかけるようなことはないように。」
「……わかりました。」
「…っ。」
公爵家からの干渉は許さないというお祖父様の意思が伝わったのか、
公爵は半分あきらめたような顔で礼をして下がった。
だが、公爵夫人は悔しそうな顔を隠すことなく、なぜか私を睨むようにして下がった。
公爵夫人に直接言い返せなかったのが残念だが、
公爵領については早いうちに何とかしようと思っていた。
「…お祖父様、そのうち公爵家には呼び出し状を送る予定です。
少々手荒になるかもしれませんが、よろしいですか?」
「ああ。あの家は何かと問題が多い。
ソフィアに代替わりする前に何とかしたほうがいいだろう。
好きにしなさい。後で報告はするように。」
「はい。」
こそこそとお祖父様と会話していると、すぐに次の貴族が挨拶にくる。
とりあえず許可はもらったので、頭を切り替えて挨拶を聞いた。
挨拶が終わっても夜会はまだ続く。
お祖父様に休憩しておいでと言われ、王族の休憩室に向かう。
広間の奥にある休憩室に入ると、リサとユナが笑顔で迎えてくれた。
「ふぅ~思った以上に人が多かったね。
それでも全貴族が来たわけじゃないんだ…。」
「そうですわね。夜会の出席は義務じゃありませんし、
地方の貴族は出席しなかったり代理に頼むこともありますわ。」
「義務じゃないのは仕方ないよね。
王宮まで来るのも大変だろうし。」
南北に縦長なユーギニス国の王都は南側に位置している。
北側の領地や、北東にはみ出るようにある辺境伯領地からは遠い。
夜会のために一週間から十日ほどかけて行き来するのは大変だ。
領地を領主代理に任せ、当主夫妻は王都に住むという貴族も多いのだが、
辺境伯領の者はほとんどが領地から出てこない。
カイルの父親である辺境伯が夜会に出席していないのも仕方ないことではあった。
カイルの父親も見てみたかったという思いはあるけれど、
それはそれでそのうち会う機会を作れば済むことだった。
イリアの件で呼び出しをするかどうかは…取り調べ次第といったところか。
「お茶を淹れますわ。」




