49(カイル)
最初の二週間しつこかったハイネス王子が姫様に近寄らなくなって、
もうすぐ一か月半が過ぎる。
ハイネス王子とイライザが一緒にいることで警戒したが、
今のところは何も無く過ぎている。
本当に何も企んでいないのだろうか。
不安にはなるが、離宮には影を配置していない。
離宮内での会話や行動はわからず、ただ警戒し続けるしかなかった。
クリスの弟に学園での行動を報告させたところ、
ハイネス王子にイライザは恋人のように寄り添っているという。
それを見てイライザの周りにいた令息たちは三人にまで減ったそうだ。
イライザの婿希望だった令息たちも、さすがに王子が相手では負けると思ったのだろう。
…残った三人の中に、異母弟のイリアがいると聞いて脱力しそうになった。
婿になれなくてもイライザのそばにいたいのか、
残った三人はイライザを姫と呼んでいるという。
一応は陛下の孫娘ではあるので、公の場でなければ許される範囲ではある。
学園が公の場かどうかというのは…ぎりぎり許されるかどうか。
イリアが何を考えているのか、本当にわからない。
午前中の授業が終わり、昼食のために食堂に移動する。
その途中、後ろから呼びかけられ、足を止めた。
「あの…三の兄様!」
なつかしい呼び方に、思わず足を止めてしまう。
護衛騎士として任務中なのに、私的な用事で呼び止めるのはご法度だ。
そのこともわからずに声をかけて来るとは…。
そのまま無視して立ち去ろうとしたら、姫様に止められる。
「カイル、何か用事があるようだわ。
私たちは先に行きます。用事を聞いたら戻って来て。」
「わかりました。」
そういえば、こいつはイライザの近くにいるのだった。
もしかしたら何か知っているかもしれない。
クリスからの目くばせが情報を聞き出して来いと言っていた。
…異母弟とはいえ、話すのは初めてなんだがな。
仕方ないと声をかけてきたイリアへと向き直る。
イリア・アーレンス。辺境伯の四男で一応は弟ではあるのだが。
兄弟としての会話どころか、顔を見たこともなかった。
黒髪を一つに縛り、小柄ですこしぽっちゃりとした体型。
大柄な父上や兄上たちとは全く似ていない。
ぱっちりとした丸い黒目は義母上にそっくりだと思う。
近づくだけで追い払われるほど義母上には嫌われていたのだが、
いったい俺に何の用だというのか。
「何か用か。」
「父様から手紙が届いて…。
あの、どうして文官へ推薦してくれないのですか?」
あぁ、そのことか。
父上へは俺が辺境伯の籍をぬけて王族になったことを伝えた。
おそらくそのせいで俺に推薦してもらうのをあきらめろとか伝えたんだろう。
それを説明すればいいのだろうが、それよりも俺は言いたいことがあった。
「文官の推薦は…俺がしたとしても無理だからだ。」
「どうしてですか!」
「この学園の成績はすべて王宮に提出されている。
お前の成績、今までのを見たがB教室でも下の方だった。
魔力量は少なく、魔術はほとんど使えない。
剣術も得意ではなく、模擬戦は無断欠席ばかり。
ひんぱんに授業を抜け出しては令嬢とお茶していると。」
成績だけでも足りないのだが、何よりも授業態度が良くなかった。
魔術や剣術などの苦手な授業はさぼりがちで、
他の授業もイライザに言われれば抜け出してお茶に行ってしまう。
これでは俺が推薦したところで採用されることは無い。
こんな成績で文官になれると思っているのがおかしい。
率直に伝えたらあきらめると思ったのに、イリアは首をかしげた。
「え?だから、三の兄様に推薦をお願いしたのですよ?
普通に文官に採用されるのならお願いしたりしません。」
「は?なんで俺が推薦したら受かると思ってるんだ。
実力が無いなら採用されるわけないだろう。」
「何を言ってるんですか。
ハズレ姫のお守りなんて嫌な仕事を引き受けているんですから。
陛下だってそのくらいのわがまま喜んで聞いてくれるでしょう?」
あーそうだった。
イライザの近くにいるということは、姫様をハズレ姫だと思っているのか。
東宮の文官に知り合いもいないだろうし、
学園で真面目に勉強している者たちからは避けられているだろう。
真実を知ることなく、イライザの話を信じてしまっている。
「姫様は噂されているようなハズレ姫では無いし、
陛下がそんな意味のないわがままを聞いてくれるわけがない。
文官になるのはあきらめたほうがいい。
そもそも、この状況だと卒業できるかも怪しいんだぞ。
授業をさぼったりせずに真面目に出るんだ。」
「…。」
「いいか?いつまでもこのままでいられると思うな。」
ヘラヘラ笑っていたイリアが黙ったので、真剣に受け止めてくれたのだろうと思った。
今ならまだ間に合う。
イライザと一緒に授業をさぼり続けていたら、留年することになる。
そうなる前に気が付いてくれたのなら良かったと思った。だが、
「やはり…三の兄様は俺が嫌いなんですね?」
「は?」
「母様が言っていたんです。
三の兄様は血が違うから、俺たち兄弟とは違うと。
辺境伯領のものを憎んでいるから近寄ってはいけないと言われていました。
そんなことは無いと思っていたのに…。」
「何を言っているんだ?」
「もういいです!三の兄様に頼った俺が間違ってたんです。
イライザ姫に直接お願いするべきでした。失礼します!!」
「あ、おい!」
言うだけ言うとイリアはくるりと後ろを向いて、そのまま走り去ってしまった。
俺は言われたことが衝撃過ぎて、その後を追うことができなかった。
俺が辺境伯領のものを憎んでいる…?
違うだろう。憎んでいたのは、義母上のほうじゃないか。
差し伸べた手を取ってもらえないどころか、
蹴落とそうとしていると誤解されていたとは。
「…何度も同じように…俺は馬鹿だな。」
衝撃はあったが、思ったほど傷はつかなかった。
だけど、今度こそ辺境伯の三男としての自分とは決別できそうだと思った。




