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「次席で卒業することがわかって、父上は俺を捨てるのが惜しくなったんだろう。
デニスの補佐にまわれと言われたが公爵家に使われるのは嫌だった。
ライン先生から王宮で働かないかと言われ、すぐに飛びついた。
公爵家を出れるなら何でも良かったんだ。
それがソフィア王女の王配候補だと気がついて、逃げなきゃいけないと思った。」
「子ができない身体だから?」
「そうだ。俺は出来損ないだから。
王配になってもそういう意味では役に立たない。」
言えたことですっきりしたのか、だからわかっただろう?と微笑まれる。
すべてをあきらめたのか、何一つ持たずにどこかに旅立ってしまいそうだと感じる。
クリスはもしかしたら、私が王配を決める時期になったら、
私から離れるつもりでいたのかもしれない。
…クリスが私のそばからいなくなる?
そんなこと頷けるわけない。
これがわがままだとしたら、わがままなハズレ姫だと思われてもいい。
私から視線をそらしたままのクリスの両頬をはさむように持って、
むりやり私へと顔を向けさせた。
「それでも、王配になってほしい。クリスに。」
「は?…今、俺の話を聞いただろう?」
私の答えが予想外だったクリスは驚いた顔を隠そうとしない。
ずっと一緒にいたけれど、まだ見たことがない表情があったんだと気づく。
クリスが家のことで何かあるのはわかっていた。
いつか聞く日が来るだろうと思って、何も聞かなかった。
確かにクリスの話を聞いて驚いたし、そのことで苦しんできたのはわかる。
だけど本当のクリスを知って、それでも私はクリスにいてほしいと願う。
「うん。聞いた。でも、お祖父様は最後まで私のそばに居る相手だから、
信じられる人にしなさいって言った。
私はお祖父様のようにこの国を大事に思う人を選ぶって約束した。
クリスとカイルを選ばなかったら、私は後悔する。」
「いや、でも。」
「子ができなくても、エディとエミリアがいる。
私が子を産まなくても王族は存続できる。
それに、ココディアの血が入っている私の子が継ぐのが最善だとは思えない。」
「姫さん…それって。」
ココディアと関係が悪化する可能性がある以上、考えないわけにはいかなかった。
戦争になった場合、私の血が邪魔になることがありえる。
戦争にならなかったとしてもココディアの血を持つ私が王になれば、
何かと口出しされ要求されることになる。
それにこたえる気はないが、その影響は私の子孫へも続くことになる。
「今後もココディアといい関係が続くかわからない。
その時、他国の血が混ざっている私が王でいることが問題になるかもしれない。
だから、私が子を産むことを第一に王配を選ぶことはしない。
私が女王となった時に支え、一緒にこの国を守る人を選びたいの。
お願い。クリス。私と一緒にこの国を守って。
最後まで私のそばにいてほしい。」
この国の平和はお祖父様が作り上げたものだ。
平民が飢えず、安心して生活していける国を守りたい。
クリスとカイル以上にこの想いをわかってくれる人はいないと思う。
信じている。二人を。
だから、最後まで私と一緒に生きてほしい。
「ずっと一緒にいて欲しい。
クリスとカイルに。
王配になって、私を支えてほしい。だめ?」
「…後悔しないのか?」
「しないよ?クリスは後悔する?」
「…しない。俺とカイルで姫さんを守るって約束した。
最後までそばにいて守るよ。」
「うん!」
うれしくて抱き着いたら、そのまま抱き上げてくれた。
少年のような身体といっても、わたしよりはるかに大きい。
「ソフィア、それでも約束してくれ。
ちゃんと好きな人ができたら、子を産むことも考えるんだ。
俺は性的な欲求そのものがわからない。
ソフィアをそういう対象に思うことはない。
だから、ソフィアが好きな人と一緒になってもずっとそばにいられる。
子を産んでも離れていったりしない。それを覚えていてくれ。」
「…私が誰かを好きになる日が来るのかな。」
前世でも誰かを好きになることなんて無かった。
幼馴染だった陛下を大事に思う気持ちはあったし、
そのために国を守る魔女として最後まで生きた。
…今でも、好き、という気持ちはよくわからない。
幸せになりたいと思って転生したのに、
やっぱり国を守りたいという気持ちが強い。
生まれ変わっても、自分は自分でしかないんだとあきらめかけていた。
「きっと来るよ。その時は隠さないで教えてくれ。」
「ん。わかった。一番に教えるね。」
「よし、夕食の時間になりそうだから戻ろう。」
結界を解いたら、すぐ近くまでカイルが迎えに来ていた。
帰りが遅いから心配していたようだ。
「遅いから心配した。何かあったのか?」
「うん。クリスと話をしていたの。
カイルともゆっくり話したいことがあるんだけど、明日にしようか。
もう夕食の時間だし、お腹すいちゃった。」
「話か…わかった。明日は休みだし、どこか行くか?」
「うん!」




