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お祖父様との話が終わり、謁見室から出るとクリスが迎えに来ていた。
クリスの心配そうな顔を見て、緊張していた気持ちが少し緩む。
「大丈夫か?」
「…うーん。ねぇ、クリス。部屋に戻る前に少し散歩してもいい?」
「ん?あぁ、まだ夕食の時間には早いし、少しならいいよ。」
夕暮れが近づき、人が少なくなった廊下を二人で歩いていく。
少し離れて影のユンとダナがついてくるのが気配でわかる。
中庭から出て、城壁に近い場所まで歩いていく。
王都の街並みが見えるテラスまで来て、置いてあったベンチに座る。
「こんな場所まで来るなんて、どうかしたのか?
陛下との話は何だったんだ?」
「うん。ちょっと待って。ユン、ダナ、少し結界を張るけど心配しないで。
ちょっとクリスに話があるだけだから。」
「え?ちょっと、どういうことだ?」
慌てるクリスをよそに、私とクリスを中心に大きな半球型の結界を張る。
外から見えているだろうが、会話は聞こえていないはずだ。
影に聞かれて困ることがあるかどうかはわからない。
それでもクリスの個人的な話にふれてしまう可能性があるからには、
誰にも聞かれない状況にするべきだと思った。
「ねぇ、クリス。クリスが私の護衛騎士として選ばれたのは、
私の王配候補だったからって気が付いていた?」
「…あぁ、陛下に呼び出されたのはそういう話だったのか。
気が付いていたよ。
俺とカイルは王配候補として選ばれたんだろうと。
だから、最初は姫さんが大人になる前に護衛騎士を辞めるつもりだった。」
「え?」
「本当は姫さんが十二歳になるまで護衛騎士になる予定じゃなかったんだ。
それまでは影について修行することになっていた。
修行が終わって姫さんの専属護衛騎士になったとしても、
王配候補として選ばれる前に辞めて逃げ出せばいいと考えていた。
影で修行すれば、逃げ出せるだけの力もつくだろうって。」
「どうして?私の王配候補になるのが嫌だった?」
「姫さんの王配候補になるのが嫌だったわけじゃない。
そう考えていたのは姫さんに会う前だったからな。
なぁ、俺のことを見て、おかしいと感じないか?」
「おかしい?それって外見のこと?クリスは綺麗よね?
私よりよっぽど美人だと思うわ。」
今年二十七になるはずのクリスだが、出会った時と外見はあまり変わりない。
同じように少年の身体だったカイルが、
青年になるにつれて筋肉がついてたくましくなったのに対して、
クリスはずっと中性的なままで今でも少女にも見える。
「俺は男性として発達しないままなんだ。
つまり、子が作れない。王配にはなれない。」
あまりの告白に何も言えなくなる。
男性として発達しなかった?だからずっと少年のような身体のまま?
弟のデニスとは全く体格が違っていたのはそういうことだったんだ。
「俺が嫡男なのに公爵家から出されたのもそういうこと。
普通の貴族の嫡男は大人の身体になったら閨の相手がつくんだ。
子作りができなければ家は存続できないから、大事なことなんだ。
だけど、俺はいつになっても大人にはならなかった。
学園に入っても一向に成長する様子がない俺に、父上があきらめたんだ。
お前は出来損ないだから、公爵家はデニスが継ぐと。」
絞り出されるようなクリスの声が、まるでクリス自身を傷つけているように思えた。
話さなくていいと言ってあげたいけれど、聞かなければいけない。
聞いて、この先に進まなければいけないと感じた。
「子が作れない俺はいらないものとされた。
最初は不貞腐れて、学園でも頑張る気になんてならなかった。
同じように家からいらないものとされているカイルが頑張っているのを見て、
このままじゃいけないって気が付いた。
このまま公爵家に捨てられる前に俺が公爵家を捨ててやると思った。
そのために必死で努力し始めた。
まぁ、最後までカイルには勝てなくて次席で卒業だったけど。」
カイルが首席でクリスが次席だったというのは知っていた。
だけど、カイルから聞いた話では学園にいた頃はクリスとは話してなかったと。
クリスがそんな風にカイルを意識していたとは思わなかった。
カイルには勝てなかったと話すクリスは少し楽しげだ。
きっとそのこと自体はいい思い出だと思っているのかもしれない。
だけど、すぐに表情は戻り、つらそうな顔になる。
「次席で卒業することがわかって、父上は俺を捨てるのが惜しくなったんだろう。
デニスの補佐にまわれと言われたが公爵家に使われるのは嫌だった。
ライン先生から王宮で働かないかと言われ、すぐに飛びついた。
公爵家を出れるなら何でも良かったんだ。
それがソフィア王女の王配候補だと気がついて、逃げなきゃいけないと思った。」
「子ができない身体だから?」
「そうだ。俺は出来損ないだから。
王配になってもそういう意味では役に立たない。」




