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「かなり周りも落ち着いて来たな。」
「本当ね。最初の頃の刺さるような視線はなんだったのかと思うくらい。」
「まぁ、ソフィア様を見ていたらアレが嘘だっていうのはわかるしな。
王宮に勤めている親から聞いた者たちが他の学生にも伝えたんだろう。
…周りがすべてそう思っていれば悪口を言っていても気にならないだろうが、
そう思っていない者の前で悪口を言うのは躊躇われる。」
「あぁ、そういう効果もあるのね。
確かにみんなが思っていれば悪口は言いやすくなるわ。
逆にそうじゃないと言って責められるのは自分だもの。」
悪評を信じる人の数が減っていくにつれて、
人前で私の悪口を言いにくくなったのだろう。
A教室の片隅に令息たちがかたまって居心地悪そうにしているのが見える。
「あいつらは…最初にソフィア様の悪口を言ってしまっているから、
今さらそうじゃないとわかっても、意固地になっているんだろう。
来年は…A教室から落ちるかもしれないな。」
「え?どうして?」
私の文句を言ったくらいじゃ不敬かもしれないけど、
この学園はそういうことで教室を落とすようなことは無いと思う。
そう思って首を傾げたら、ダグラスが言っているのはそういう話じゃなかった。
「…こういうと怒られるかもしれないけど、
この年代の令息令嬢って、やる気があまりなかったんだ。
ちょうど親が王太子たち王子三人と同世代だっただろう?
三人の王子、特に第三王子の成績はひどかったんだ。
それなのに、結局は公爵になってふんぞり返っていた。
努力しても身分の差は変わらない、何をしても上にはいけない、
そう思っていた親が多いんだ。」
「…あの叔父様と一緒に学園に通っていたならそう思うよね。
エドガー叔父様ってC教室でも最後の方だったって。
勉強せずに遊び歩いていたとは聞いているわ。」
「そういうこと。
で、王太子もA教室だけどやる気ないっていう話は伝わってきたし、
真面目に勉強しても意味がないと思っていたものが多かったんだ。
だけど、ここ数年変わってきた。
王宮でも実力さえあれば採用されるようになってきている。
疑問に思っていたけど、ソフィア様に会ってわかった。
今は王太子代理としてソフィア様が東宮にいるんだろう?
ソフィア様自身が努力する人間だという影響が大きいんだと思う。
そのことがここ最近学園にも伝わってきているんだ。
成績さえよければ下位貴族でも文官として採用されるらしいって。
今まで努力しないでB教室あたりにいた奴が、目の色変えて勉強している。
ちゃんと努力すればソフィア様は評価してくれる、それがわかったんだと思う。
だから、いつまでもひねくれてソフィア様を認められずにいるあいつらは、
来年はB教室に落ちることになるだろうな。」
「そっか。そんな理由があったんだ。
まぁ、ちゃんと才能ある人が努力しようと思ってくれたのなら良かった。
そうだね。王太子室を始め、文官女官はちゃんと実力で採用してもらってる。
私はまだ子どもで一人でできることは少ないから、
ちゃんと仕事してくれる人に支えてもらわないとダメだもの。」
「ソフィア様なら一人でもできるだろうけど、今のままでいいと思うよ。」
「そうならいいな。」
ダグラスと話していたらもうすぐ授業が始まる時間になっていた。
それに気が付いたルリが準備を終えて声をかけてくる。
「ソフィア様、次は魔術演習の授業です。
演習場は少し遠いですので、もう行きましょうか?」
「わかったわ。」
学園に入学して三週間。
ようやく魔術演習の授業が始まる。
始まるのが遅いのは、魔力鑑定を受けていない学生が少なくないからだ。
地方には鑑定士がいないことも多く、
この学園に入学して初めて鑑定を受けるという学生も多い。
その結果がわかるまでは演習できないので、他の授業よりも遅く始まることになる。
「ライン先生って、カイルとクリスの師匠なんだよね?」
振り返ってカイルに聞くと、黙ってうなずく。
護衛任務中だからか、学園ではあまり会話をしてくれない。
それに少し寂しさも感じるけれど、人前だから仕方ないとあきらめた。
クリスは今日は王宮に残って仕事をしてもらっている。
影のイルとダナがついているし、安全面の問題はないけれど、
カイルとクリスがそろっていないとなんだか変な感じがする。
「これでA教室の全員か?そろっているな?」
演習場に来たライン先生はひょろりとした長身細身の男性だった。
こげ茶と金が混ざったような髪に、緑色の瞳。
静かに話すのに演習場に響くような不思議な声の持ち主だった。
「この授業では魔術を基本から教え、演習していくことになるが、
ダグラス・テイラー。ソフィア・ユーギニス。ルリ・クレメント。
この三名は次回からは授業に出席しなくてかまわない。
個人演習場があるから、そちらを使って自習してくれ。」
「え?」




