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昼を挟んで午後の授業まで受けるとさすがに少し疲れた。
初めての一日授業にまだ身体が慣れていない。
これも毎日授業を受けていけば慣れるはず。
帰りの馬車の中、カイルもクリスも考え事をしているようで難しい顔をしている。
おそらくイライザのことをどう対応しようか悩んでいるのかもしれない。
それにしても…ハンベル領に追放されてもイライザの考えは変わらなかったんだ。
どうして王族から外れているのに、自分が女王になれると思っているんだろう。
「ねぇ、カイル、クリス。わからないんだよね。
どうしてイライザはあんな風に女王になるのが自分だと思っているのかな?」
「それは…。」
「誰かがイライザにそういうように話して思い込ませているの?」
「思い込ませているというか、そうだな。
ちゃんと最初から説明したほうが早いだろう。
王太子と王太子妃が仲が良くなかったのはわかるな?」
「うん。お父様とお母様は仲悪かったよね。
よく私が産まれたなと思うくらい。」
ほとんど目も合わせないくらいだったと思う。
月に一度のお祖父様の食事会でも会話も無く、
食事会が終われば無言で部屋から出て行ってしまう。
最初からあの状態だったのだとしたら、夫婦としての生活は皆無だったのではと思う。
「…王太子夫妻が姫さんを産んだのは結婚から四年も後のことだった。
その前に第三王子が学園の卒業前に恋人を妊娠させたことで、
卒業と同時に結婚してイライザ嬢が産まれている。」
「あぁ、そうだよね。イライザのほうが二つ上だもんね。」
「普通は王太子の子が産まれるまでは下の王子は結婚しないんだ。
王位継承順位というものがあるからな。
だから、第二王子は姫さんが産まれてから結婚している。
だが、この時のイライザ嬢の出生は一部から歓迎された。
王太子夫妻の仲の悪さはもうどうにもならない状態だったらしい。
そのため、イライザ嬢を王太子の養女にしたらどうかという案も検討された。」
「え?お父様の養女にっていう話、本当にあったんだ?」
あの噂は公爵とイライザが勝手に広めたのかと思っていた。
まさか私が産まれる前からある話だとは思わなかった。
「ただ、第三王子は評判が悪く、結婚した伯爵令嬢も評判が悪くて。
イライザ嬢が本当に第三王子の子かどうかもわからなかったんだ。」
「え?そうなの?」
派手なドレスを好む公爵夫人という印象ではあるが、そういう人だとは思わなかった。
でも、だから公爵が愛人をたくさん作っても怒らなかったのかもしれない。
「議論はされても養女にという結論が出ずに一年が過ぎた頃、
王太子妃が妊娠したことでその話は無くなった。
王太子妃が子を産むなら養女なんて必要なくなるからね。」
「それもそうだね…よく私が産まれたと思うけど。」
「陛下が王太子に子ができない限り自由にはさせないと言ったらしい。
王太子妃も子ができない限り監視下で生活しなければいけない。
さすがに嫌になったんだろう。姫さんに言うことでは無いが…。」
「いやいいよ、大丈夫。お父様たちが仲が悪かったのよく知ってるから。
私が産まれたのは愛だとかそういうものじゃないのはわかってる。」
「…それならいいけど、それで姫さんが産まれたんだが、
魔力なしという判定が広まると再度イライザ嬢を養女にという話は出てきた。
まぁ、これは公爵がイライザ嬢を養女にするために
姫さんを貶める目的で嘘を広めたんだと思うが…その効果はあった。
再び議論が始まって、それでも結論が出ないうちに、
今度は第二王子の子が産まれた。しかも王子だ。
それでイライザ嬢を養女にっていう話は完全に無くなった。はずなんだ。
それでも一度は娘が女王になるかもしれないと思った公爵が、
あきらめきれずハズレ姫と交換するという案を思いついたんだろうな。」
「なるほどね…今はフリッツ叔父様にはエディだけじゃなく、
エミリアもいるし…イライザが継ぐことはありえないんだけどね。
一度養女になれるかもって思ってしまったから、あきらめきれないってことかな。
女王になるはずの私よりも優れていればイライザが女王になるかもって?
あきらめていないのはイライザだけ?エドガー叔父様も?」
「いや、イライザ嬢だけだと思う。」
「ふうん…。」
あのギラギラした感じのエドガー叔父様が、
追放されて素直にあきらめるとは思っていなかったけれど、
王都に来ることは許可されていないと言っていたし、無理だと思ったのかな。
王宮についたら王太子の仕事が待っている。
疲れているけど、やらなければいけないことは多い。
…王宮に着くまで少し寝ようかな。
ウトウトし始めたら隣の席がルリからカイルに代わった。
馬車内にぶつけないようにするためなのか、カイルに横抱きにされる。
腕の中に包み込まれるようにされ、そのままカイルの胸に顔をよせた。
少しだけ休んだら頑張るから…そう言ったら、
背中を優しくなでられ夢の中に落ちていった。




