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「三年間ソフィア様の隣を目指します!…といいたいところですが、
首席と次席のお二人とはずいぶん点差があったようです。
三席を死守するということで許してください。」
「ん?そうなの?首席の子はまだ来ていないようね。あぁ、あの子かな。」
ちょうど教室に入ってきた短めの銀髪を見て、あの子かなと感じる。
高位貴族の色だと言うだけでなく、魔力の強さも感じる。
今年の入学者で高位貴族の令息は…たしか。
「…ソフィア様、わたくしはダグラス・テイラーと申します。」
王族が降嫁したこともあるテイラー侯爵家の一人息子だったはず。
姿勢よく自分の席に向かってきたと思ったら、
私が隣に座っているのに気がついて、席に着く前に挨拶をされた。
深く臣下の礼をする令息に、少しだけ驚いた。
「ダグラス、顔を上げてくれる?」
「はっ。」
顔を上げたのはいいけれど、こうやって敬われるとは思わなかった。
柔らかな紫の目がまっすぐに私を見ている。誠実、真面目、そんな印象の顔つきだ。
蔑まれるかもしれないとは思っていたけれど、こういうのは予想していなかった。
「あのね、せっかく学園に通うのだから、同じ学生として接して欲しいな。
それにダグラスは首席なのでしょう?
これからライバルとして一緒に学んでくれるとうれしいわ。」
「…よろしいので?」
「うん。ついでに普通に話してくれる?いちいち敬われるのは少し疲れるの。
ごめんなさいね?あまり王女らしくないから。」
「…そういうことなら。あまり王女らしく無いとは聞いていたが、
俺は別な意味で王女らしくないと思っていた。
今回はたまたま俺が首席だったが、ソフィア様は一点減点されただけ。
それも一単語が古語だっただけで、厳密に言えば間違いじゃないそうだ。
これほどまで勉強してきている王女はいないんじゃないか?」
どうやら私が次席だったことで評価してくれたらしい。
満点取って首席をとったダグラスだからこそ、
あの試験で満点近くとる難しさがわかるのだろう。
「褒めてくれてありがとう。それでも満点取ったダグラスはすごいわ。
次の試験は負けないように頑張るからね。」
「あぁ、俺も負けないように頑張るよ。」
爽やかに笑ったダグラスがうれしくて手を差し出すと、
驚いた顔をしたがすぐに手を差し出してくる。
ぎゅっと握手を交わすと、後ろから拗ねた声が聞こえた。
「…うぅ。私も負けません…。」
「あぁ、ごめんね。ルリ。一緒に頑張ろうね。」
「ええと…三席のルリ・クレメントだろうか?
お前の成績もすごかったって聞いているよ。
一緒に頑張ろうな。」
「はい!」
機嫌が直ったルリに安心して席に座る。
廊下で騒いでいた令息や令嬢たちが、授業時間ギリギリになって教室に入ってくる。
前列の三人が座って待っていることに少し焦ったものもいたようだ。
後ろのほうからささやき声が聞こえてくる。
「うわ。もう成績上位者座ってるよ。
やっぱり首席はダグラスか。本の虫で変わり者だもんな。」
「…っていうか、なんで次席に王女が座ってるんだよ。
この学園で成績ってごまかせるんだっけ?がっかりだよ…。」
「ホントだよなぁ。
俺たち頑張ってA教室に入ったのに、こんなことされちゃたまんないよ。
王女の隣、あれ侍女見習いってやつだろ。
いいよなぁ、成績無視してA教室の前列かよ。」
あぁ、そういう風に思われるのか。
ダグラスがちゃんと評価してくれたからいい気になっていたけれど、
他から見たらやっぱりそういう風に見えるんだなぁ。
私の評判のせいで頑張ったルリまでそういう風に思われるなんて…悲しくなる。
護衛として来ているカイルとクリスは教室には入らずに廊下に待機している。
何かあればすぐに教室に入ってくることになるから、
教室での会話は聞こえているはずだ。怒ってなきゃいいけど…。
ルリが心配そうにこちらを見てくるから、気にしないように後で言っておこう。
ルリが頑張ったの、私たちは知っているから大丈夫だって。
そう思っていたら、隣から低い声が響いた。
「本当にくだらないな。
俺たち前列がどれだけ勉強してこの席に座っていると思っているんだ。
中途半端な勉強で満足してきたやつらが勝手に決めてんじゃねえよ。」
「え?」
見たらダグラスが後ろの席にいる令息たちに向かって言い返していた。
言い返された令息たちはまさか言い返されると思っていなかったという顔で、
ぽかんとしている。その間もダグラスの言葉は続く。
「この学園は王族だろうと成績を変えることはしない。
王太子様が学生だった時も、前列には一度も座っていない。
第三王子だった公爵はC教室のままだった。
ソフィア様がこの席に座っているのは実力だ。」
「…いや、だって…信じられるかよ、そんなの。」
「そのうち嫌でも実力差がわかるだろうよ。
その時に自分の言った言葉を後悔すればいい。」
そう言い切ってダグラスは前を向いた。
お礼を言おうかと思ったが、すぐに教師が教室に入ってきて、
会話することなく授業が始まった。
おそらくダグラスが言った言葉は後ろの令息たちには届いていない。
今も不満そうな気配がしている。
それでも、私のために言い返してくれたダグラスがうれしかった。




