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「そのダニエルの愛人が妊娠したそうだ。」
「え?」
「もちろん、ダニエルの子ではない。」
「ですよね。びっくりしました。
それではその愛人の方は他の方と?」
王太子妃であるお母様との間に私が産まれている。
それだけでなく、第二王子であるフリッツ叔父様には、
エディとエミリアがいる。
これ以上、王族を増やす必要はない。
三年ほど前、お父様に愛人ができたということは知っていた。
お父様が公にできないような愛人を持つことを許されているのだとしたら、
その前に子ができなくなるように手を打たれているだろうと思っていた。
「…ソフィア、そこまで聡いのも考えものだぞ。
まぁ、今さらだな。
そうだ。ダニエルは子ができないようにしてある。
だが、ダニエル自身はそのことを知らない。儂の指示だったからな。」
「そうなのですか。
では、そのお腹の子は自分の子だと思っているのですね?」
「あぁ、それだけならまだ良かった。
ダニエルに真実をつげて別れさせればいいかと思っていたんだが、
その愛人は自分が王太子妃になりたかったようなんだ。」
「え?無理ですよね?伯爵家の出では妃には…。
あぁ、それで妊娠したのですね。でも、お母様はそんな理由で離縁を?」
伯爵家のものでも妃になることはできる。
ただし、他に妃がいない状態で王太子の子を産んだ時のみだ。
ただ子を産めばいいというわけではない。
王太子妃であるお母様がいるかぎり妃にはなれないし、
たとえ本当にお父様の子であったとしても王族だとは認められない。
…どうして今さら離縁するなんて。
「…その愛人が、イディア妃の命を狙ったらしい。」
「え?」
「商会の娘だと言っただろう。
イディア妃が好んで使う香油の販売元だったらしい。
その香油に毒が仕込んであった。
だが、亡くなったのはイディア妃ではなくイディア妃の愛人だった。」
「………。」
お父様に愛人がいたのは知っていたけど、お母様にも…。
「ココディアからついてきていた護衛騎士だったようだ。
ずっと愛人関係だったのだろうが、離宮には影をつけていなかった。
ダニエルとはもう無理だろうと思っていたからな。
せめて好きに過ごしてほしいと自由にさせていたのだが。」
「…お母様はもうココディアに帰ってしまったのですか?」
「ああ。その亡くなった愛人をココディアに埋葬してやりたいと。
こちらとしても命を狙われたから離縁したいと申し出られたら止める理由もない。
イディア妃が亡くなったとしたらココディアとの関係は終わるだろうからな。
離縁してもお前がいるし、同盟には問題ないと判断して許可を出した。
イディア妃は離縁の手続きをして、そのまま帰っていったよ…。」
「そうですか。」
もう二度と会わないかもしれないというのに、お別れもできなかった。
お母様にとって、私は存在していないものなのかもしれない。
愛している護衛騎士ではなく、仕方なくお父様と結婚してできた子。
私に無関心だったのも仕方ないことなのかもしれない。
「…ダニエルの愛人をすぐに捕まえ、処刑しようとしたのだが、
ダニエルに止められた。処刑するなら王太子の座を降りると。」
「…は?意味がわかりません。
そのような理由で処刑を止めたとしたら、
逆に私情で処刑をやめさせるようなものは、
王太子にふさわしくないと思うのですけど。」
あまり話をしたことも無いが、王太子が愚かだという評価を聞いたことは無かった。
物静かな人、我がままを言わない人、そんな印象だったのに。
本当は愚かだったのか、それともそれほどまでに愛人のことが大事だったのか。
「儂もそう思う。あれはもう駄目だ。
…ソフィア、十六歳になったらお前を王太子に指名する。
ダニエルはそれまで塔に幽閉する。希望通り、その愛人とともに。
ついでに愛人の腹の子の父親だと思われる侍従たちも一緒にな。」
父親だと思われる侍従たち…愛人の浮気相手は一人じゃないってことか。
その辺は私が詳しく聞くと怒られそうだからやめておこう。
「お父様は病気で療養するということですね。わかりました。」
「それともう一つ。ダニエルの仕事をお前が引き継ぐことになる。
教師たちから聞いたが、もうすでに王太子の仕事を任せても大丈夫だろうと。
ダニエルに任せていた仕事はそれほど多くはない。やれそうか?」
「…やってみます。」
「あぁ、頼んだ。カイルとクリスに手伝ってもらって構わない。
彼らは将来の側近となる者たちだ。今は護衛騎士だけどな。」
「わかりました。」
やっぱりカイルとクリスを護衛騎士にしていたのはそういう理由だったのか。
王女の護衛騎士に公爵家と辺境伯家はもったいないと思っていた。
お祖父様に認められたのなら、二人にも頑張ってもらおう。




