23(カイル)
俺が歩くすぐ後ろをエリー嬢がついてくる。
あまり早く歩いたらついてくるのが大変だとは思うが、俺は早く戻りたかった。
クリスの他にイルさんとダナさんがついているのはわかっているけど。
もう少しで東宮につくと思ったところで、後ろから話しかけられた。
「…王宮で働いていたのね。」
「ああ。」
「クリス様は噂になっていたけど、カイル様はわからなかった。
…その色は王女様の指示なの?」
魔術を使えなかった学園入学当初の俺を知っている者から見たら、
今の俺の髪と目の色はどうしたのかと思うのだろう。
わざと目立たないように色を変えるなんて、普通の貴族ならしないからだ。
「いや、王女の指示ではない。俺のわがままだ。
王女に会った時にはもうこの色にしていた。」
「王女様はそのことを知っていて?」
「知っている。」
最初に挨拶をした時には何も言われなかったが、
後日俺と二人だけの時に聞かれた。どうして色を変えているのと。
魔力が見える姫様は、魔力で色を変えている俺に違和感があったようだ。
俺が驚いて答えに詰まったのがわかったのか、すぐに答えなくていいと言われた。
「いつか、カイルの事情がわかるほど大人になったら聞くわ。」
もうすでに大人のようなことを言うが、まだ七歳の少女だった。
あまりそういう事情を説明するのはよくないかもしれない。
そう思い、その時は説明せずに終わった。
それから何も聞かれていない。
もちろん、俺の元の色を知っている者も多いのだが、誰からも聞かれていない。
クリスやイルさんたちは事情を察しているんだと思う。
だから、まさかこんな時に聞かれるとは思っていなかった。
疑問に思われるのは仕方ないが、なぜ姫様が知っているか聞くのだろう。
「…王女様のわがままに振り回されているんじゃ。
だって、ものすごくわがままで乱暴な方なのでしょう?」
「……そういうことか。がっかりだよ。」
「え?」
まさかエリー嬢がハズレ姫の悪評を信じている側だとは思わなかった。
あの時洗濯場で助けたのが王女だとは知らないだろうけど、
姫様はエリー嬢に助けられたと思って感謝しているのに。
子爵家の妾の子で目立たないようにしているというのは学園の時に知った。
まさか卒業してすぐに下級使用人になるとは思っていなかったけれど、
父親である子爵が在学中に亡くなって異母兄が当主になったらしい。
卒業まで待って紹介状を持たせて王宮に勤めさせたのであれば、
それなりに面倒を見たというべきなのかもしれない。
姫様はおそらくその辺のことも知ってエリー嬢を助けたいと言い出したのだと思う。
せめて学園を卒業したことを生かせる仕事に変えて欲しいと。
それを聞いたリサとユナは女官長に掛け合い、女官補助の仕事に変えさせた。
エリー嬢が姫様のお気に入りだとしても、
リサとユナが姫様に近づけさせなかった理由はこういうことなのか?
本当なら、姫様が本気で望めば、専属侍女にすることだってできた。
侍女は足りていないのだし、姫様が信頼できる相手ならなおさらだ。
そうせずに女官長の采配で女官補助にあげる程度にしたのは、
こういうことを恐れてなのかもしれない。
話しているうちに東宮についたから、
それではと本宮に戻ろうとしたらまた声をかけられた。
「あの!お願い…あの男があきらめるまででいいから、
カイル様が私の恋人になってもらえないかしら?」
「…嫌だ。」
「え…どうして?…恋人のふりでかまわないのだけど…。」
「俺はソフィア王女のそばを離れたくない。
任務だからじゃない。俺が王女を守りたいと思うから、少しの間も離れたくない。
エリー嬢を守るために使う時間なんて無いんだ。」
「……そんな。」
俺が自分の意思で王女を守っていると聞いて、顔色が悪くなっていく。
さっき王女の悪口を言ったことを思い出したのだろう。
あれはそういう意味では…とか言い訳を始めたのを聞かず、
背を向けて本宮へと急いだ。
本宮の王女の私室に戻ると、ソファに座ってお茶を飲んでいた姫様が振り向いた。
その顔がしょげたものだったことに気がついて、すぐに近くに寄る。
跪いて頬に手をあてて視線を合わせる。
やっぱり泣きそうな顔をしているのを見て、向かい側のソファにいたクリスに問う。
「おい、クリス!何があったんだ!」
俺がいない間に何が起きた?くそっ。やっぱりそばを離れるんじゃなかった。
「あー、うん。カイル、ちょっと質問してもいい?」
「なんだよ。」
そんなのいいから早く何があったのか教えてくれと言いたかったが、
クリスの顔が真剣なのに気が付いた。
「カイルはエリー嬢とつきあうことになった?」
「は?つきあうわけないだろう?」
「だよね。ほら、姫さん、大丈夫だよ。安心しなよ。」
「は…?」
どういうことだと思いながらも姫様を見ると、安心したように微笑んでいる。
…俺がエリー嬢と付き合うかもしれないと思って、不安だった?
「姫様、どういうことだ?なんで俺とエリー嬢がつきあうと思ったんだ?」
「…だって、二人は知り合いっぽかったし、
なんだかエリーはカイルに助けてほしそうな顔してたから。」
やっぱりそういうところはするどいよな。よく見ている。
俺に助けて欲しい、あわよくば本当の恋人になりたいという感じだったよな…。
学園時代からなんとなくそんな目で見られていたのは気が付いていた。
もっとも、俺にはそんな気は全くなかったんだが。
「確かに、あの男を追い払うまで偽の恋人になってほしいとは言われた。
だけど、すぐに断ったよ。」
「え?断っちゃったの?なんで?」
「俺が守るのは姫様だけだ。エリー嬢を守るつもりはない。
そう言って断ってきた。約束しただろう。
俺はずっとそばにいるって。」
「うぅぅ。だけど、恋人が欲しいとか思わないの…?」
「思わないな。なんだ、そういう心配してたのか。
大丈夫だよ。俺はそんなものよりも姫様のほうが大事なんだ。
そんな変な心配するなよ。」
安心させるように頭をなでると、ようやく納得したのかうれしそうに笑った。
そうだよ。姫様はそうやって笑っていればいいんだ。




