20(カイル)
回復したソフィア様の王女教育はすぐに始められた。
公爵とイライザ嬢にソフィア様の悪評を吹き込まれていた教師たちは、
再び王宮でソフィア様に教えることを不満に思っていた。
それが実際に教え始めると、打てば響くようなソフィア様の聡明さに驚き、
使用人といえども人として扱う礼儀正しさにあっという間に陥落した。
「ソフィア王女は他の令嬢とは比べ物になりません!
いえ、どの令息たち、王太子様に教えた時ですら、
これほどまで早く習得されることはありませんでした!」
何人もの教師が同じことを口にし、ソフィア様をほめたたえる。
それを聞いた陛下は喜んで、ソフィア様を抱き上げていた。
陛下とソフィア様は毎日会っているうちに、
普通の祖父と孫のように話せるようになっていた。
順調どころか、十年かかる王女教育を五年かからないで終わりそうだと聞いて、
うちのソフィアはすごいと陛下は厳つい顔をゆるめてうれしそうに笑った。
その一方で、ソフィア様自身はあまり教師たちに心を開いていないようだった。
一度自分を見捨てたもの、そう考えているようだった。
教師たちはイライザ嬢の教師だった時に、
ソフィア様をハズレ姫だと思って蔑んでいたことには間違いない。
公爵に騙されていた教師たちが一方的に悪いわけではないが、
三日だけで王女教育を辞められたことが心の傷になっているようだ。
表面上は微笑んで教師の授業を受けているし、
もしわからないことがあれば積極的に質問している。
ただ、いつものソフィア様を知る俺たちから見れば、
微笑んでいても警戒しているのが手に取るようにわかった。
信用できるのは陛下とレンキン医師とオイゲン近衛騎士長。
女官長が辞めた後、復職した元女官長のミラン。
侍女のリサとユナ。影のイル、ユン、ダナ。そして俺とクリス。
その他はどうしても警戒してしまうようで、新しく使用人を増やすこともできなかった。
専属侍女は新しく決めるはずだったのだが、結局はリサとユナがそのままおさまった。
これはリサとユナの希望でもあるが。
ソフィア様の魔力鑑定の結果は、全属性だった。
それだけではなく、魔力量が鑑定できなかった。
幼いから魔力が微量で鑑定できないということはあっても、
多すぎるから鑑定しきれなかったというのは初めてのことだったようだ。
これは騒ぎになるからと陛下が緘口令を出したので、
知っているのはソフィア様と直接かかわる者たちだけの秘密になった。
魔術は俺とクリスが交代で教えていたが、これもあっという間に上達していく。
一度教えれば同じように使いこなしてみせる。
下手すれば俺たちが知らない魔術へと変えてしまうことすらあった。
これが本物の天才というやつなのかと思う。
俺もクリスも学園では天才扱いだったが、どちらかといえば努力して身につけたほうだ。
ソフィア様は天才な上に努力する、どう考えても別格だった。
「…私のこと、変だと思う?」
ある時、あまりのすごさに黙っていたら、心配そうに俺を見上げてきた。
その目に不安が宿っているのを見て、すぐにソフィア様を抱き上げた。
「これは変じゃない。すごいっていうんだ。
いいか、遠慮なんかするなよ?
俺とクリスが持っているもの、知っている知識は全部姫様に渡す。
それが姫様を守る力になるんだ。
俺たちが努力してきたのは、この時のためだったと思うよ。
好きなだけ吸収しろ。いいな?」
「うん!」
不安が無くなって、ますますソフィア様の魔術の腕は磨かれていった。
それでいい。もし万が一、ソフィア様に何かあったとしたら、
もっと身を守るすべを教えておけば良かったと後悔するだろうから。
俺とクリスは交代で教えている日以外は学園に向かい修行を受けていた。
一つでも多くソフィア様に教えられる魔術が増えるようにと。
気がついたら俺とクリスの魔術の腕も上達していた。
ライン先生に、「もう教えることはないから、後は自分で修行するんだな。」
と言われるようになったのは、ソフィア様と過ごすようになって三年目のことだった。
まだ完全に成長しきれていはいないが、
十歳になったソフィア様は小柄ながら健康な身体になっていた。




