下巻発売・完結記念 番外編 新しい仲間
女王としての生活も慣れた三年目、困ったことが起きた。
専属侍女のリサとユナが同時に腰を痛めて動けなくなってしまった。
王宮の東宮にある看護室に運ばれた二人を見舞いに行くと、
二人とも泣きそうな顔をしている。
寝台から起き上がろうとしたようだが、動くことができずに顔をしかめる。
無理やり動こうとしたから、痛いのだろう。
「起き上がらなくていいよ!そのまま休んでいて」
「……申し訳ありません」
「こんな……二人同時も抜けてしまうなんて」
「仕方ないわ。二人に無理させてしまったのが悪いんだもの。
ゆっくり休んで、ちゃんと治してから戻って来てね」
「「はい……」」
看護室ではレンキン先生の弟子たちが働いている。
王宮に勤める文官や女官たちが病気で動けなくなった時に、
この看護室で療養することができる。
それを医師や薬師の修業をしているものたちが治療する。
実地訓練のような役割もしている。
医師の見習いの診断では老化と過労が原因だという。
老化と言われて意外な気がしたが、リサとユナはもう四十をこえている。
身体の不調が出やすい年頃なのだと説明されて納得する。
少なくとも二週間以上は安静にしたほうがいいと言われ、
私室に戻ったはいいが、ルリが困り果てていた。
専属侍女として筆頭と呼べるものはいないが、
リサとユナが先輩としてルリとエマに指示を出していた。
その二人がいなくなって、ルリとエマだけでは仕事がまわせないようだ。
ルリはともかく、エマは息子を育てながらだから、夜間の仕事は免除していた。
そうなると、ルリ一人でなんとかしなくてはいけなくなる。
どう考えても人手が足りない。今までだって四人で足りていたわけではない。
リサとユナが有能だったから、何とかなっていたように見えていただけだった。
「仕方ないわ。一時的に女官の手を借りましょう。
何人か配置するようにセリーヌにお願いしてくれる?」
「わかりました」
女官長のセリーヌに頼んで、一時的に女官をこちらに寄こしてもらう。
本格的な専属侍女の採用はリサとユナが復帰してから考えることにした。
そう簡単に専属侍女を補充することはできないからだ。
その日の夜から女官が数名手伝いに来ていたが、朝から問題が発生した。
「おはようございぃ……」
私を起こそうとしたのか、三人で寝ていた寝室へ女官が入ってきてしまった。
そして、寝起きのクリスを見て、鼻血を出して後ろに倒れてしまった。
分厚い絨毯だから、けがはしていないと思うけど、大丈夫だろうか。
「……はぁ。ちょっと、誰か呼んできてくれない?」
「「はっ」」
騒ぎを聞きつけて天井裏に来た影にお願いして誰かを呼んでもらう。
「ソフィア、近衛騎士が来てしまうかもしれないから、ガウンを着て」
「わかったわ。でも、二人もよ?」
「俺はともかく、カイルは着ておけ」
「いや、クリスもだろう」
「二人とも!」
私は普通に首元までしっかりある夜着だけど、
近衛騎士に夜着姿を見せるわけにはいかないとガウンを羽織る。
意外と暑がりなクリスは薄い夜着の胸元がはだけたままだった。
そして、いつも暑がりなカイルは上半身裸のままだ。
先ほどはカイルは奥に寝ていたから、女官には見られていなかったようだ。
三人でガウンを着た頃に、近衛騎士が来て女官を担いでいく。
この時間、ルリは休憩しているはずだけど、これで呼び出されてしまうかもしれない。
ダグラスと一緒に寝ているエマを呼び出すことはないだろうから。
「初日からこれじゃあ、難しいわね」
「女官はこういう仕事をしていないからな。
男性と接し慣れていないものも多いだろう」
「そうよね……どうしよう」
「かと言って、姫さんのお世話を文官に頼むわけにはいかないし、
文官や女官の世話をしている下級使用人に頼むのは論外だ。
姫さんの命を狙ってくるものにつけこまれてしまう。
女官の問題はこれからも続くだろうが、耐えるしかないな」
クリスの心配した通り、配置された女官はクリスかカイルに見惚れ、
優秀なはずなのに行動がおかしくなる。
淹れたお茶は渋くなり、運んで来るうちに茶器を落とし、余所見をしては転ぶ。
それを何とかしようとして、ルリが日に日にやつれていくのがわかった。
「ソフィア様……あの、相談があるのですが」
「女官のことよね?何でも言って?」
ため息をつきながら相談してきたルリに、もう限界なのかと心配しながら聞く。
「こんなことでもなければゆっくり考えてもらうはずだったんですけど、
リサ姉様とユナ姉様が来年から専属侍女見習いにしようとしていた子たちがいるんです。
今、学園の三年にいます。その子たちを一時的につかせてもいいでしょうか?」
「学園の三年?休ませてもいいの?」
「演習授業は免除になっているそうです。
クリス様とカイル様も学園の三年から影についたと聞いていました。
前例があるのであれば、見習いとしてつかせてもいいかと思うのですが」
「どんな子なのかわかる?ルリは会ったことあるの?
リサとユナが認めるのであれば、クレメント侯爵家で教えを受けた子たちよね?」
リサとユナの生家、クレメント侯爵家は専属侍女を輩出することで有名な家だ。
そして、今は二人の母である前侯爵夫人がその指導にあたっている。
前侯爵夫人はお祖父様の元専属侍女で、王子の乳母もつとめていた。
クレメント伯爵家出身のルリの祖母でもある。
専属侍女として採用するには、クレメント侯爵家で指導を受けることになっている。
それはダグラスの妻であるエマもだ。今のところ例外はない。
「私の従姉妹なんです。クレメント侯爵家の二女と三女です」
「クレメント侯爵家なの?じゃあ、問題はないわね」
リサとユナの兄が継いだクレメント侯爵家。
たしか、子どもは五人だった。令息が二人と令嬢が三人。
クレメント家は仕事熱心で結婚しない者が多いが、結婚した者は子だくさんになる傾向がある。
リサとユナも四人兄弟だったのを思い出す。ルリは下に三人の弟がいたはず。
「末の双子なんですが、あまり関わったことはありません。
リサ姉様とユナ姉様が言うには、二人を見分けてはいけないと……」
「見分けてはいけない?それはどうして?」
「理由までは聞けなかったんですけど、二人はそっくりなんです。
リサ姉様たちとは違って、わざとそっくりにしている気がします。
化粧や髪型だけじゃなく、身につけている服や小物まで同じにしているんです」
「そう……見分けてはいけないのね。わかったわ。
二人の名前は呼ばないことにするから」
リサとユナは見分けられたことを喜んでいた。
間違えなかったのはソフィア様だけです、と笑っていたけれど。
その二人は仲が良すぎて、他の者が入り込めないということだろうか。
それでも、この緊急事態。
クリスとカイルに見惚れることなく、働けるのであれば問題ない。
一応は調べなくてはいけないのか、二人の調査書が届けられた。
ラナ・クレメントとミナ・クレメント。
どちらも全属性でかなりの魔力がある。
成績も優秀だし、女官や騎士として採用しても問題ないくらいだ。
そういえば、魔術演習も免除されていると言っていた。
ライン先生が認めるくらいだから、性格にも問題はないはず。
とりあえずは見習いとして採用することになり、二日後に初出勤となった。
初めて二人を見た感想は、外見はまったく同じと言っていいほど似ている。
薄茶色の髪に、琥珀色の目。クレメント家らしい色だ。
幼い頃は、ミナのほうが琥珀色ではなく青目だったらしいが、
成長するにつれて琥珀色に変わったと調査書にあった。
そんなこともあるのかと思いながら、外見にもふれないでおこうと思った。
見習いだし、リサとユナが復帰するまでの一時的な配置だ。
その働き次第で来年本採用になるかどうか決まるけれど、
とりあえず急場をしのげればいいと思った。
「ソフィアよ。二人が新しく来た侍女見習いね。名前は?」
「ラナと申します」「ミナと申します」
「そう。二人とも、よろしくね」
見分けはすぐについたが、これは問題がありそうだと思った。
だが、何も言わず、二人の名前も呼ばなかった。
二人は私に挨拶した後、ルリについて仕事を学ぶ。
ぎこちなかったのは初日だけで、二日目からは見事に溶け込んでいた。
さすがクレメント家で教育されたもの。
クリスとカイルに見惚れることはなく、黙々と仕事をこなす。
疲れ切った顔をしていたルリとエマもほっとした顔になる。
「思っていたよりも即戦力だったわね」
「はい!これでリサ姉様たちが戻ってくるまで何とかなりそうです!」
「良かったわ。これでルリまで倒れられたら嫌だもの」
「ふふ。もう大丈夫です!」
「交代できるようになったんだから、ちゃんと休んでね?」
「わかりました!」
いつものルリの元気が戻って来て、私もほっとする。
それを見ていたクリスが、寝る前になってから確認してくる。
「あれは、最後までほっとくつもりなのか?」
「とりあえず、リサとユナが戻ってくるまでね」
「まぁ、ソフィアに害はなさそうだから、様子見するしかないな」
クリスとカイルも気がついたようで、ラナとミナをどうするのかと聞く。
今はどうすることもせず、見守ることにした。
手が足りていないのだし、二人を辞めさせたら困ることになる。
どうしてそんなことをしているのか、気になってはいる。
だけど、うかつに聞いては傷つけてしまう気がした。
もっと二人を知ってからでも遅くはない。
三週間後、ようやくリサとユナが復帰することになった。
ラナとミナはもう少しだけ見習いとして残る。
復帰したばかりのリサとユナに負担をかけないためだった。
「ソフィア様に負担をおかけしてしまい……」
「待った。謝らなくていいからね、二人とも。
ずっと大変なのをわかっていたのに、任せっぱなしだった私が悪いんだから」
「ソフィア様……」
「それで、ラナとミナを来年から雇うつもりなの?」
「できればそうしたいのですが、どうでしょうか?」
「見習いとしての最終日、二人と話をさせてくれる?」
「わかりました」
問題があるとわかっているのか、リサとユナは顔を見合わせてうなずく。
双子は他の双子のことを見分けやすいと聞いたことがある。
それならば、あの二人のこともいち早く気がついたのかもしれない。
見習い最終日の午後、お茶の時間になってラナとミナを呼び出す。
信用できると思い、リサとユナ、ルリとエマにも来てもらう。
今後、ここで専属侍女としてやっていくのなら、隠していても仕方ない。
クリスとカイルが後ろで見守る中、向こう側のソファにラナとミナに座ってもらう。
ソファに座って対面することをためらっていたが、リサにこれも仕事だと言い切られる。
緊張した面持ちで座る二人に、はっきりと告げる。
「私の専属侍女になってもらうのはラナだけにするわ」
「え?」
「どうしてですか!」
驚いたのはラナ。抗議をしてきたのはミナ。
最初から見分けはついていた。だって、簡単すぎた。
「魔力があるのは、ミナ、あなただけなのね?」
「「……っ!」」
「だから、見分けがつかないようにして、入れ替わっていた。
ラナに魔力がないことを他の者に知られないように。そうでしょう?」
「「……」」
黙ってしまった二人に、ゆっくりと説明をする。
私たちは怒っていないし、このことを咎める気もないと。
貴族令嬢として、魔力がないのは致命的な欠点だ。
そもそも学園に入学できたかもわからない。
隠そうとした気持ちは理解できた。
「全属性持ちで魔力が多いのはミナだけで、
そして目の色を変えてまでラナを守りたかったのでしょう?」
「……どうして気がつかれたのでしょうか」
「ごめんね。私、魔力が見えるのよ」
「じゃあ、最初から……」
騙されたと思ったのか、ミナがにらみつけてくる。
そんなつもりはなかったけれど、ミナがそう思っても仕方ない。
「どうしてそんなことをしているのか理由を知りたかったし、
それに二人が専属侍女にふさわしいかどうか見たかったの。
こう言ってはなんだけど、入れ替わっていることはどうでも良かったのよ」
「どうでも良かった、ですか?では、どうして専属侍女はラナだけなんですか?」
「ミナはお茶を淹れるのも髪を結うのも苦手よね?」
「っ!」
「私には、どちらが何をしているか見えていたの。
ルリからはラナとミナ、どちらも優秀で、
どちらもたまにミスをすると思われていたかもしれないけれど」
最初から見分けがついていたからこそ、気がついてしまった。
ラナは魔力はないけれど、所作が綺麗で仕事が丁寧だった。
だが、ミナは手先が不器用なのかミスすることが多かった。
「あなたは専属侍女には向いていないと思うの。
だから、できるなら、専属護衛として王宮に雇われないかしら?」
「専属護衛ですか?」
「そう。女性騎士を増やしたいのよ。
私とディアナ、エミリアを守ってくれる女性騎士が必要なの。
ミナは騎士に向いていると思うの。違うかな?」
向いていたとしても、ミナにやる気がないなら無理強いはできない。
ただ、専属侍女になってからの入れ替わりを許す気はないし、
ミナは専属侍女になるだけの実力はないと判断した。
「……入れ替わりをしていたことがバレてしまえば、
私たちはどうなりますか?」
「言わなければわからないんじゃない?」
「「え?」」
「半年もすれば学園は卒業でしょう?
ラナは魔術演習を免除されていると聞いたわ。
だったら、このまま卒業を待たずに専属侍女になればいいんじゃない?
そうしたら卒業試験は受けなくてもいいわ」
「……処罰は受けなくていいのですか?」
「本当はダメなんでしょうけど、専属侍女になるのであれば、
多少は守ってあげられるわ」
おろらく、学園にいるライン先生はわかっていて放置したんだと思う。
クレメント家だったことと、ラナに魔力がなかったことで。
どちらにしても魔術演習は受けられないのだから、
学園にいられるように見なかったことにしてくれたんだと思う。
「……私は本当に騎士に向いていると思いますか?」
「学園に入る前から自分の目の色を変える魔術を使えたのでしょう?
全属性で魔力も多いようだし、気も強い。騎士向きだと思うわ」
「騎士向き……」
「ただし、ラナはこのまま雇ってもいいけど、ミナは学園に戻って。
卒業までライン先生の修業を受けて、騎士としての採用試験を受けてもらうわ。
かなりきついと思うけど、頑張れる?」
「……頑張ります。
正直言って、どこまで入れ替わりを続けられるか不安でした。
今さらやめることもできず、専属侍女に二人でなればなんとかなると思っていたんです」
苦しかったのか、ミナの目からぽろりと涙がこぼれた。
ずっとラナを守ろうと自分を殺してきたんだろう。
「もう大丈夫よ。もう、ミナとして生きていいの」
「……ありがとうございますっ」
泣き崩れてしまったミナをラナが抱きしめる。
「ソフィア様、ありがとうございます。
ミナは私のためにずっと耐えてくれていたんです。
私は魔力がないとわかったら、もう貴族ではいられなくなるかもしれないと。
ダメなのはわかっていたのに、ミナにずっとすがっていたんです」
「違うわっ。私が勝手にやって」
「ううん、私が魔力なしで産まれてきたのが悪いの。ミナは何も悪くなかった。
ごめんね、今まで。ようやく解放してあげられる。
もういいのよ、目の色をもとに戻しても」
その言葉の通り、ミナの目の色が青に変わっていく。
魔力が多いと、青や緑の目になりやすい。
だから、ミナだけが琥珀色ではなかった。
「ラナ、魔力がなくてもあなたは専属侍女として認めてもらえたのよ。
ミナも、きっと専属護衛として戻って来れるわ」
「ルリ姉様……」
「隠していてごめんなさい」
ずっと指導してくれていたルリにも罪悪感があったのか、二人は頭を下げる。
リサとユナは知っていたのか、ほっとした顔で笑った。
「さ、問題は解決したことだし、新しい専属侍女は増えたし、
いいことだらけだよね!クリス、カイル!」
「まぁ、そうかもな」
「ソフィアがそう思うのなら、そうなんだろう」
なんとなく呆れていそうな気もしたけれど、新しい仲間が増えた。
「じゃあ、これからもよろしくね!みんな!」
全員が笑ってくれたから、きっとこれで大丈夫。
専属侍女問題もこれで解決。明日から、また忙しくなりそう。
話しているうちにぬるくなってしまったけれど、
久しぶりにリサの淹れてくれたお茶が美味しく感じられた。




