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その日はからりと晴れ、どこまでも青い空が広がっていた。
昼過ぎに行われた戴冠式の後、
王宮の外壁の上に立ったソフィアは目の前に広がる光景に言葉を失う。
王宮の外園はその日のみ平民でも立ち入れられるように開放されていた。
ソフィアが女王になることを祝おうと、
たくさんの民が外園いっぱいに詰めかけ、こちらを見上げている。
今か今かとソフィアの登場を待っていた民たちは、
戴冠した女王の姿を見た瞬間、歓喜の声をあげた。
「……こんなに人が?」
「皆、姫さんが女王になるのを待っていたんだ。」
「そうだな。ソフィアがこの国の平民たちの生活を変えたからだ。
冷害で苦しむことも無くなり、魔獣に襲われる心配も減った。
これから、ますます良くなると期待しているんだろう。」
「…えっと、手を振ればいいの?」
「ああ。応えてやればいい。」
おそるおそる手を振ると、大きな歓声があがる。
その声の大きさに驚いて後ろに下がりそうになると、
クリスとカイルに背中を支えられる。
「はは。そんなにびっくりしなくても。」
「だって、こんなに反応されると思わなくて。」
「もっと堂々としていればいいのに。
ほら、あそこで小さな女の子が必死で手を振ってるよ。
ソフィアが笑ってあげたら喜ぶと思うよ?」
「う、うん。」
本当に小さな女の子まで私を見るために来てくれている。
赤ちゃんを抱いているお母さん、支えられてようやく立っている老婆まで。
こんなにも期待してくれているんだと思うと、少しだけ不安になる。
大丈夫かな。間違えていないかな。
本当に私が女王になって、この期待に応えられるのかな。
「ソフィア様、そんな顔しているとみんなが不安になる。
もうすでにあなたは女王になったんだ。
不安になる気持ちはわかるが、それはこの場では見せてはいけない。
…愚痴は後からいくらでも聞くから頑張れ。」
「ダグラス、そうだね。…わかった。」
昨日に婚姻式を行い、ダグラスが第三王配になっている。
クリスとカイルが私の両側に立ち、ダグラスはカイルの隣にならぶ。
その後ろにエディとエミリア、イシュラ王子。
安定期に入ったとはいえ、心配なのでディアナは休ませている。
外壁の上には、他にもデイビットやセリーヌ、執務室の文官や女官がたくさん。
近衛騎士たちも見慣れた者ばかり。
私だけじゃない。私を支えてくれる人がこんなにもいる。
この国を、この人たちを守るために女王になったんだ。
歓声の声にこたえるように何度も手を振った。
戴冠式の次の日、王宮で女王即位を祝う夜会が開かれた。
前国王の即位を祝う夜会が行われたのは五十年以上前のこと。
今当主となっている者たちが産まれる前のことだった。
通常の夜会よりも盛大に祝うらしいとの噂を聞いて、
多くの貴族は当主夫妻だけではなく令息令嬢も出席させていた。
夜会に初めて出席するものも多く、落ち着かない様子の令嬢が多くみられたが、
その理由は…王配の二人が原因であった。
「ねぇ、お父様。クリス様って本当に素敵なのよ。」
「それは何度も聞いた。だが、愛人というのは許可できないぞ。」
「でも、家はお兄様が継ぐのだし、婚約者もなかなか決まらないし。
愛人と言っても王配の愛人はちゃんとした身分になるって聞いたわ。
ねぇ、いいでしょう?」
「……ううむ。仕方ないな。」
「カイル様の愛人になるのは私よ。お姉様、邪魔しないでもらえます?」
「何を言ってるの。カイル様があなたみたいな小娘相手にするわけないでしょう?」
「ええ?でも、カイル様とソフィア様だって十一歳も離れています。」
「…カイル様があなたなんて相手にするはずがないわ。」
「やだ、お姉様こそ、相手にされないからって私の邪魔ばかりして。」
「違うわよ!いいかげんにしなさい!」
「もう話しかけないでください。カイル様はきっと私を選んでくださるわ。」
そこかしこで王配のクリスとカイルを狙う声が聞こえていた。
通常、クリスとカイルは社交をしないため、令嬢たちは話しかけることすらできない。
だが、夜会ともなれば自由に話しかけることができる。
今日こそは手紙ではなく直接訴えかけることができると、令嬢たちは意気込んでいた。
もう一人の王配ダグラスは、婚姻式と同時に公妾の存在も公表されている。
数年前に跡継ぎとなる息子ルーカスを出産済みであるとの報告に、
ダグラスの公妾を狙っていた令嬢たちはあきらめざるを得なかった。
エディ王子にも側妃希望の者たちはいたのだが、
ディアナ妃の妊娠も公表されている。
三年子ができなければ側妃を娶るに違いないと待っていた令嬢たちも、
正妃のディアナが身ごもったことでその希望を絶たれている。
そのせいもあって、愛人のいないクリスとカイルに人気が集中しているのだが、
その中には何度も愛人希望の申し出を断られている令嬢も多かった。
クリスよりも綺麗な令嬢、カイルよりも強い令嬢でなければ愛人にはしない。
そう断られたものの、結婚して三年以上たつのに子ができていない状況なら、
考え直してくれるのではないかと思っていた。
開始の時間になり、クリスとカイルにエスコートされたソフィアが入場してくる。
当主たちと違って、令息令嬢はソフィアに会う機会が無い。
同じ学年だったもの以外は学園でも顔を見る機会すら無かった。
女性よりも美しいと言われるクリスと理想的な騎士と言われるカイル。
その二人に手を取られ、ソフィアが入場してくる。
小柄で華奢だが、光り輝く銀色の髪に青く澄んだ瞳。
真っ白な肌と対照的な赤く熟んだ唇。
クリスとカイルだけじゃなく、
ダグラスやエディを従えて入場する様は自信に満ち溢れている。
一歩ごとに光をふりまくような美しさに誰もが黙ってしまった。
自分ならクリス様を、カイル様を手に入れられる、
そんなことを言ってしまった自分を恥じた。
「皆、私の即位を祝ってくれてありがとう。
この国を守るために私は女王になるの。
だから、皆もこの国のために尽くしてほしい。」
穏やかな声だが、広間の奥まで響くように伝わる。
ソフィアの呼びかけに誰ともなく深く臣下の礼をし始める。
広間にいたものすべてが深く深く頭を下げ、ソフィアに従順する意を伝える。
「ありがとう、顔を上げてちょうだい。」
満面の笑みを浮かべるソフィア女王に、この貴族のすべてが従った瞬間であった。




