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ルジャイルの国王から返事が来たのは次の日の昼だった。
書簡を送ったのが前日の夕方過ぎだったにもかかわらず、
一日しないで返事が来たことに驚く。
「こちらは何の問題もないので、イシュラの好きなように。
ユーギニスが豊かになれば、その恩恵を我が国も受けることになるだろう。
イシュラの才能を存分に発揮させてやって欲しい。」
との返答で、イシュラ王子が私と誓約魔術を交わすことを認めるものだった。
イシュラ王子から国王と王太子に許可をもらっているとは聞いていたものの、
これほどまで早く返事が来るとは思っていなかった。
ルジャイルの国王はイシュラ王子が王太子よりも優秀だから、
あのままルジャイルに置いておけないと言っていたが、
イシュラ王子の才能は応援したいらしい。
王族の子は皆王子扱いというくらいだから
イシュラ王子のことも息子のように思っているのかもしれない。
返事が来たことをイシュラ王子に伝えると、
それならば早いほうがいいと、その日のうちに誓約魔術を交わすことになった。
私とクリスとイシュラ王子で話し合い、決めた誓約はただ一つ。
ユーギニスの不利益になる言動はしない。
どういう行動が不利益になるかわからない時の判断は、
私と王配三人の許可が出たら行動していいということになっている。
つまり、イシュラ王子が新しい魔術を生みだそうとした時に、
その術式がどう影響するか私たちが判断するということになる。
王政には今のところ関わらせず、王太子と王太子妃の仕事は、
エミリアと共に行動している時のみ許可する。
これにたいしてイシュラ王子は条件を付けることなく従った。
執務室の会議室で血の誓約を交わした後、
今後の行動について話し合って決める。
研究室の代表もお願いすることになり、温室の鍵もすべて任せた。
どちらにしても即位後は研究する時間など取れそうになかった。
研究が中途半端になってしまう作物もあったので、
それに関する術式もすべて引き継いでもらう。
「じゃあ、この辺の研究は全部任せるわ。」
「わかりました!」
「ごめんなさいね。中途半端なものが多くて。」
「いえ、何をどう変えたいのかはっきりしているのでやりやすいです。
研究からしばらく遠ざかっていたので、わくわくします。」
話を聞いてみたら、エミリアとの婚約を結ぶ前に、
ルジャイルとユーギニスの取引を開始させるのが大変だったらしい。
他国に魔石を輸出したことのないルジャイルの王族と貴族を説得し、
法整備をし、鉱山の出荷量を増やし、輸送経路を確保し、
ありとあらゆる面でイシュラ王子が暗躍していたという。
この辺りの話も誓約を交わすまで話すことが難しかったと聞いて、
それもそうだと納得していた。
「一応は全部父上の名前になっていますけどね。
父上は剣術しか頭にないような人なので書類は一切書けません。
陛下がわかってて自由にやらせてくれていたので、助かりました。」
「あーだから。王太子よりも優秀だと周りに知られたら困る、だったのね。
そこまでイシュラ王子が関わっていたのが知られたら、
間違いなく王太子を変えようとするものが出て来るもの。」
「ええ、その辺の力関係はとても難しいところでした。
うまくいってほっとしてます。
僕としても王太子を落としたいわけではないので。」
帰国してしまったエミリアと再会したいからと、
フリッツ叔父様が魔石を輸入したいと言っているのを聞いて、
どうにかしようと幼いころから頑張ってくれていたらしい。
…あれ。ココディアと国交断絶できたのって、イシュラ王子のおかげ?
知らないうちにイシュラ王子に助けられていたのだと知って、
今後も好きなように研究してくれたらと思う。
エミリアと幸せになってくれたら、少しは恩返しになるだろうか。
「ああ、この誓約のことなんだけど。申し訳ないけれど、公表することになるわ。」
デイビットに相談というか、報告をした際に注意されていた。
絶対に国内だけじゃなく他国にも公表してくださいと。
「僕は構いませんけど、何か問題がありましたか?」
「うーんとね、他国の王族に私の王配になりたいと言われていて。
他国の王族は王政に関わらせることはできないからって、断ってるのよ。」
「他国の王族…チュルニアですか?」
「うん。王弟と第三王子から申し入れが来ているの。
ずっと断っているんだけど、しつこくて。」
チュルニアは王族が多いのか、他国へ婿入りさせることも多いと言う。
今までユーギニスの王族と結婚したことは無いはずだけど、
ココディアと同盟を破棄した今がねらい目だと思われているのかもしれない。
女王の王配になれば、この国を乗っ取れると考えているようだ。
四十歳の王弟と十九歳の第三王子。
二人から申し入れが来ていて、なんなら両方婿入りさせてもいいと、
チュルニアの国王から言われている。
もちろん、両方ともお断りしているのだが、あきらめてくれない。
「なるほど。血の誓約をしなければ婿入りできないとわかれば、
王配になっても意味がない。あきらめてくれるでしょう。」




