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「ええ?ユーギニスを裏切らない?いいの?そんなことを誓って。
ルジャイルに知られたら止められるのではないの?」
だからここにルジャイルの文官を連れてこなかったんだ。
そんな誓約しようとしたら間違いなく止められるだろうから。
こんなこと、ルジャイルの国王や王太子に知られたらどうなるのか。
さすがにその誓約を勝手にするのはまずい気がする。
「国王とはルジャイルを出る時に誓約しています。
ルジャイルに不利益な言動をしないと。
ですので、ユーギニスでの仕事や研究は戦争に関わらない分野に限ります。
その他の行動は好きにしていいと許可されています。」
「あぁ、ルジャイルにも敵対しないと誓約しているのね。
…ねぇ、クリス。国王の許可があれば大丈夫かなぁ?」
「イシュラ王子が良いと言っても、もう一度確認したほうがいいな。」
「そうだよね。
イシュラ王子、もう一度私からルジャイルの国王に確認するわ。
許可が出たら誓約してもらってもいい?」
「はい!お願いします!」
確認して許可が出ればの話にはなるが、こちら側は了承した形になる。
イシュラ王子はほっとしたように笑って頭をさげた。
「あの温室を見たら、僕も研究したくてたまらなくなりました。
それにエミリアが王族の一人としてこの国のために、
ソフィア様を支えるために頑張りたいと言ってたんです。
僕はそれを見ているだけなんてさみしいなと思いました。
僕が手伝えたら、エミリアがしたいことを二倍できるのにって。」
「ふふ。エミリアがそんなことを言ってくれてたの。
そうね、イシュラ王子もエミリアと一緒に、
エディたちを支えてくれるとうれしいわ。」
「…なぁ、イシュラ王子だったら、
研究室の代表を任せられるんじゃないか?」
「え?あぁ、そうね!できるのならお願いしたいわ。」
「僕にできるかはわかりませんが、研究室には興味あります。
ルジャイルから許可が出たら、その時は頑張らせてください。」
今まで中途半端な状態だった魔術の研究だが、
イシュラ王子が加わってくれるのなら頼もしい。
私が女王になったら研究している余裕も無くなるし、
どうしようか迷っていたところだった。
もちろんすぐに任せることはできないと思うが、
将来的にはイシュラ王子がしたいように研究してくれたらいい。
「ソフィア様、騎士団から連絡が届いています。」
話が終わったと思ったのか、デイビットが部屋に入ってきた。
国境騎士団から連絡が届いたようだ。
「…今日の昼前に結界の壁が解除されたそうよ。
そのあと騎士団が見回りして、問題ないことも確認済。
明日の朝、ココディア側の門を開けて、予定通り商業地区を運営すると。」
「あぁ、間に合いましたね。」
「報告が遅かったのは騎士団が確認していたからか。
予定では解除している時間なのに連絡がないから少し心配していたよ。
…まぁ、あとはカイルが帰ってくるのを待つだけだな。」
「そうね…。」
とりあえず結界の壁が無事に解除されたと聞いてほっとする。
後は何事もなくカイル達が戻って来るのを待つだけ。
デイビットは報告を聞いて文官たちに知らるために部屋から出て行った。
「あの、お二人とも大丈夫ですか?」
「ん?何が?」
イシュラ王子に心配そうに聞かれても、
何の話なのかわからなくて首を傾げそうになる。
「僕がソフィア様を最初に知った時、王配が二人いると聞いて驚きました。
いえ、王配が三人必要だというのは知っていたのですが、
それはソフィア様が苦しいだろうなと思っていたんです。
だけど、ソフィア様とクリス様とカイル様が三人そろっているのを見た時、
魔力が少しも濁っていないことに驚いたんです。」
「魔力が濁る?」
「ルジャイルの者が生涯一度しか結婚しないのは、
魂は対になっていると考えられているからです。
結婚するというのはお互いに唯一だから、
それ以外のものと魔力を混ぜると濁ると言われています。
ルジャイルでは魔力が濁るというのは魂が濁るのと同じ意味です。
生まれ変われなくなるので、二人以上娶ることは王族でもしません。」
「そういう考えなら側妃は娶れないわね。」
宗教観とも違うルジャイルの考え方に驚いたが、
だからココディアの王女を側妃にと言われても固辞したのかと思う。
生まれ変われないと思うのなら、よほどのことが無ければ娶らないだろう。
「ええ、ですので、ソフィア様は大変だなと思っていました。
それなのにソフィア様たちは三人で同じ魔力を持っているのに、
三人ともまったく濁っていない。
三人で対になることもあるのだと…こういう運命もあるのだと驚きました。」
三人で同じ魔力?そんなことあるのかとクリスと顔を見合わせる。
クリスも心当たりがないようで首をかしげた。
「ですが、今のお二人は魂の輝きが弱っているように見えます。
カイル様の不在が影響しているのでしょう。
早くお戻りになるといいですね。」
「…ええ、そうね。ありがとう。」
魂の輝きはわからないけれど、私とクリスが弱っているのは事実だった。
眠れない上に日に日に食欲は落ちている。
七歳で出会って、ずっと三人でいるのが当たり前だったから、
こんなにもカイルがいないと私たちがダメになるとは思わなかった。
休憩時間が終わり、イシュラ王子が部屋から出て行くのを見送って、
隣に座るクリスの肩に頭を乗せる。
仕事に戻らなきゃいけないけれど、気力が続かない。
「無理しなくてもいいぞ。私室に戻るか?」
「ううん…カイルも頑張ってるんだから、私も頑張らないと。」
そういったものの、小さな声しか出ない。
クリスの手を借りて立ち上がると執務室に戻る。
静かな部屋で書類をめくる音だけが聞こえる。
カイルが戻ってくるまで、あと一日半か二日。
ほんの少し待つだけなのに、この一秒も長く感じられた。




