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「カイルは?」
「……ごめん。」
「え?」
「結界の解除にはカイルが向かった。」
「…え?」
結界の解除にはカイルが向かった?え?
言われたことを理解して、すぐに飛び起きる。
「ちょっとまて!転移するな!」
「だって、なんで!?」
「もう間に合わない。すでに転移できる範囲にはいない。」
「……どうして。」
どうして置いていかれたのかわからなくて、悔しくて涙がでる。
こんなふうにカイルが私を置いていなくなることなんて今までなかった。
いなくなったことにも気がつかずに寝ていた自分に腹が立つ。
いろんな感情がごちゃ混ぜになったようで、涙がぽろりと落ちた。
「悪かった……ちゃんと説明する。」
「………うん。」
寝台の上に座り込んで泣き出した私を、クリスが抱き寄せる。
ものすごく悪いことをしたと表情に出ているのを見て、
クリスを責めてももうどうにもならないのだと思った。
気持ちがおさまるまで泣いて、クリスになぐさめられ、
少し遅めの朝食を取った。
「……前回、結界の壁を作る時は姫さんがいなきゃできなかった。
あの塔の存在も魔術式もわからなかった。
姫さんがいたから、戦争を防げたのは間違いない。」
ゆっくりとスープだけ口にする私に、
クリスは食事に手を付けずに説明をしてくれる。
私も食べたくはないけれど、食べないと説明しないと先に言われてしまった。
クリスは説明を終えた後でも私よりも先に食べ終わるからいいと。
「あの時は本当に緊急事態だった。
陛下が倒れているのを他国に知られるわけにもいかなかったし、
ココディアと戦争しているような余裕もなかった。
姫さんが危ないのも承知で行くしかなかった。」
それはよくわかってる。みんなの反対を押し切っていったのだから。
あの時だって、クリスとカイルが賛成しなかったら行けなかった。
「だけど、結界の解除方法を聞いてみたら、
魔石を外に出せばいいだけだって言っただろう?
あの塔の場所を知っていて、入り口の開け方を知っていて、
魔石を外に出すだけの力仕事ができればいい。
俺かカイルが行けば問題ないと判断した。」
「……それは、たしかにそうだけど。」
言われてみたらそうだった。
私が行く必要性はどこにもなかった。
あの塔のことはクリスもカイルもわかっているのだから。
「だけど、カイル一人に任せるなんて……。」
「あの場所がわかるのは俺とカイルだけだろう?
俺とカイルが両方行くっていうのは最初から考えていない。
姫さんを一人にするわけがない。
じゃあ、どっちが行くかって話になった時に、カイルが自分が行くって言った。
俺がいないと姫さんに何かあった時に診察できる者がいなくなるからって。」
「……たしかに二人ともいなくなるのはもっと嫌だけど。
どうして相談してくれなかったの?」
「言ったら最後まで反対しただろう?」
「……。」
だって、それはそうだったと思う。
心のどこかで塔に行きたくないって気持ちがあったから。
そんな嫌な仕事を人に押し付けるようなことはできなかった。
押し付けたら楽になるとわかっていても、押し付けた後で後悔する。
こんな後ろめたい気持ちになるくらいなら自分でやればよかったって。
「心配するな。カイル一人で行ったわけじゃない。」
「え?」
「ウェイとフェルが一緒に行ってる。あいつらなら問題ないからな。
それにあの時足手まといだったのを気にして、
あれからずっと非番の時にライン先生にしごいてもらってたんだ。
完ぺきとは言わないが、そこそこ使えるようになってる。
転移もできるはずだから、万が一の時は三人で逃げるって言ってたよ。」
「そうなんだ……ウェイとフェルが一緒なの。」
カイルが一人じゃないと聞いて、少しだけほっとする。
あの二人はなんとなくカイルの部下のような扱いになっているし、
三人一緒なら何かあったとしても問題なく対応できると思う。
「騙して悪かったよ。だけど、姫さんを旅に出させるわけにはいかないんだ。
ココディアと商売を再開する今、それを面白く思わない奴も出てくる。」
そのことには気がついていた。
ココディアとつながっていた貴族を完全に排除したわけではない。
中途半端に処分した結果、自分たちも処分されるのではないかと恐れ、
私たちに知られる前に何とかしようとする者たちも出てくるはずだと。
だからこの旅は危険になるとわかっていた。
それでも三人一緒だったらどんな敵が来ても戦えるはずだからと。
私は少し甘く考えていたってことだろうか。
「それに、今回も姫さんが出て行ったことがわかれば、
結界の壁は姫さんが作ったことがバレてしまうかもしれない。」
「…それって。」




