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ココディアから現在の国の状況の報告とともに、
国交は再開できなくても商人のやり取りだけでもさせてほしいと要望が来たのは、
二週間後で私たちの予想よりも早かった。
「クリスの予想通りだったね。」
「思ったよりも早かったけどな。よほど食糧事情が悪くなっているんだろう。」
「そうみたいよ。ルジャイルから流通しなくなったせいで、
このままだと死者が尋常じゃない数になりそうだって。
さすがに許してもらえるのを待つって言っていられなくなったみたい。」
それでも書簡の最後には再度ココディアがしてきたことについて、
レイモン国王の真摯な謝罪文が綴ってあった。
「どうするんだ?国境騎士団からの報告だと、
商業地区が使えるようになるのは二週間後なんだろう?
それまでココディアはもつのか?」
「うーん。デイビット、できるかぎり急ぐように指示したら、少しは早くなる?」
「そうですね…急がせても十日後になると思います。
ミレッカーの倉庫から穀物を運ばせなくてはいけないので、
どうしてもそのくらいの日数はかかりますね。」
「そうだよね…じゃあ、とりあえず急ぐように指示を出してくれる?」
「わかりました。」
ミレッカー領には昨年度に収穫した穀物が大量に保管されている。
アーレンスに売る分を残して、すべてココディアとの国境に運ばせる予定になっている。
その後は騎士団が売るのではなく、商人たちに任せることになるとは思うが、
軌道に乗るまでは国が主導で売買することになる。
「じゃあ、ココディアが条件に同意してくれたら契約しようか。」
「契約書できてるよ。」
「そう?じゃあ、それに十二日後から取引開始って書き加えて。
急がせれば十日って言っていたけど、
それから食料を倉庫にいれたりするから余裕をもたせないと。」
「了解。」
ココディアからはすぐに返答があり、条件はすべて承知したと書かれていた。
ココディアから魔石を運んでくるのは当面は騎士団がするらしい。
売買をする時には商人が間に入り、買った食料はまた騎士団が運ぶという。
「あーそれはあれだよ。
今のココディアで食料を運んでいるとわかれば襲われる。
商人たちだけでは危なくて運べないんだろう。」
「そういうことね……国中に食料がいきわたるまでは仕方ないか。」
できれば国境近くに騎士団を近づけたくはなかったけれど、事情を考えたら仕方ない。
ここはレイモン国王を信用して騎士団が関わるのを認めるしかない。
「じゃあ、結界の壁を解除しに行く前に急ぎの仕事を片付けておかないと。
ダグラス、一週間後に五日くらい王宮を留守にするから。
私がその間いなくても済むように、仕事の計画直してくれる?」
「五日間か。わかった。エミリア王女にも手伝ってもらって大丈夫だろうか?」
「多分大丈夫だと思う。私からお願いしておくね。」
「いや、エディ王子たちにも説明しておかなきゃいけないだろう。
俺が行って説明してくる。ソフィア様はこのまま仕事しててほしい。」
「ありがとう。お願いね。」
前回、私たちが六日間いなかった時、国王代理の仕事をしてくれたのはダグラスだった。
あの時はエディとアルノー、デイビットたち文官もかなり頑張ってくれていた。
今回はディアナとエミリアもいるわけだし、前もって準備してから行ける。
急に出かけなければいけなかった前回よりはましだろうと思う。
それから一週間、睡眠時間を削って仕事をこなしていた。
少し疲れは溜まっているけれど、明日から移動中に馬車で寝ればいい。
多少睡眠が足りていなくても何とかなるだろうと思う。
「ソフィア様、明日出発ですよね?」
「ええ。朝食を食べたらすぐに出る予定よ。」
「では、今日はもう休んでください。」
「え?まだ夜になったばかりだけど?早くない?」
「明日からずっと馬車での移動になります。
体調を整えてから出発してほしいですから。」
「うーん。それもそうね。わかった。今日はこれで終わりにするわ。」
そういえば前回は帰ってきて倒れてしまったんだった。
ルリにすごく心配かけてしまったし、またそんなことになったら困る。
そういえば、今回は誰も行くのを反対しなかった。心配性のルリですら言わない。
前回大丈夫だったから安心してくれたのかな。
「姫さん、今日はカイルと先に寝ててよ。」
「え?何か用事あるの?」
「旅に持って行く薬を処方し忘れたのがあって。
すぐ終わると思うから先に寝ててほしい。」
「そうなんだ。」
いつも薬を切らしたりしないクリスがめずらしい。
クリスも睡眠不足でぼーっとしていたんだろうか。
湯あみを終えてカイルと寝台に寝転がると、すぐに腕の中に包まれる。
後からクリスが来るってことは閨はしないと思うけど、この状態で寝るつもりなのかな。
「カイル、このまま寝るの?」
「ダメか?今日はこうして抱きしめたまま寝たいんだ。
嫌だったら手をつなぐだけにするけど。」
「ううん。嫌じゃないよ。クリスがいる時にはめずらしいなって思っただけ。」
「クリスが来るまで俺が治癒をかけるわけにはいかないけど、
こうして抱きしてめてたら温かいかと思って。」
「うん、そうだね。治癒の温かさとは違うけど、すごく温かい。」
カイルの胸に額をあてると、頭の後ろを撫でられる。
髪をとかしながら撫でられるのが気持ちよくて、そのままうとうとし始める。
「ここのところちゃんと眠れてないだろう。」
「うん……。」
結界を解除しに行くことが決まって、また少し怖くなった。
あの塔にもう一度行くのが怖い。思い出すのが怖い。
だけど、行かなくちゃいけない。
もう夢の中で塔に戻ることはないけれど、それでも記憶はしっかりと残っている。
心に沁みついたように、怖いという気持ちは消えていなかった。
「大丈夫だ。俺と…クリスがいる。みんなもいる。
何も心配しないで眠って。」
耳元でささやいてくれる言葉はどれも優しくて、
何度もうなずいているうちに眠りに落ちた。
目が覚めたら、もう日が差し込んでいた。
いつも起きる時間よりも明るい気がする。
「え?寝坊した?」
早朝に起きて準備して、朝食を食べたら出発する予定になっていたのに。
「姫さん、起きた?」
「うん、起きた。」
寝る時はカイルに抱きしめられていたのに、起きたらクリスになっていた。
…後から寝るって言ってたもんね。カイルは背中側にいる?
後ろにいるんだと思って見たら、そこには誰も寝ていなかった。
「カイルは?もう起きて準備してる?」
「……ごめん。」
「え?」
「結界の解除にはカイルが向かった。」
「…え?」




