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「陛下、イシュラです。聞こえていますか?こちら準備が整いました。」
「……あ、あー。聞こえているか?」
「はい、大丈夫です。成功しました。
今、目の前にソフィア国王代理がいらっしゃいます。」
イシュラ王子がそう告げると向こうでガタンと大きな音がした。
何か倒してしまった?と思ったら、焦ったような声が響く。
「イシュラ!それを先に言ってくれ。
あー、突然の訪問ですまない。私はルジャイル国国王のエンゾだ。
そちらにいるイシュラの伯父にあたる。」
「初めまして。ユーギニス国の国王代理ソフィアです。」
伯父と甥のやり取りに笑ってしまいそうになるが、向こうは正式な国王だ。
王太子とはいえ、正式な国王ではない私とは格が違う。
だが、お祖父様はルジャイルとのやり取りは私に任せると言ってくれた。
これからつきあうのはお前だろうから好きにしなさいと。
「今回、急にイシュラを送ったのには事情がある。
書簡で説明するよりもイシュラと文官を送り込んだほうがいいと判断した。
と言っても、これは我が国の事情になる。話を聞いてもらえるだろうか。」
「ええ、話してもらえますか?」
「事の始まりはユーギニスとココディアの国境に結界の壁ができたこと。
それによって、ココディアでは食料不足になり、
ルジャイルから食料を調達していた。
これはそちらもよくわかっていることだろうと思う。」
「そうですね。こちらが結界の壁を作り出しましたから。」
どうやら事情というのはココディアが絡んでくるらしい。
それならユーギニスに説明したいというのも理解できる。
まさか結界の壁を解除してくれとは言わないだろうけど。
「ユーギニスからの要望通り、王家を通じてココディアに穀物を売った。
通常よりも高値でな。
これは陸路ではなく海路で運んできているし、手数料もある。
そう説明すれば向こうは納得するしかない。
ココディア側も一年ほどは文句を言いながらもおとなしく買っていた。」
「高値で売ってほしいと要望したのはこちらですね。
それで何か問題でも起きました?」
「…ココディアの王女が送り込まれてきた。」
「は?」
ココディアの王女?それって、王妃が産んだ第一王女かな。
食糧難で王女が送られてくるって話し合いのために?
「王太子の妃になってやるからココディアにただで食料を送れと。」
「はぁ?」
「…そういう反応になるよな。
安心した。ソフィア国王代理は私と同じ感覚のようだ。」
あまりのことに淑女らしからぬ声を上げてしまったというのに、
エンゾ国王はホッとしたように言う。
「たいていの王族なら同じ感覚じゃないでしょうか…?」
「それがなぁ、その王女というか、ココディアは違うようだ。
ルジャイル国は王族が多いため、側妃というものは存在しない。
無理に王族を増やす必要が無いから、王族も一度しか結婚しない。
王太子にはもうすでに妃がいて、王子と王女も産まれている。
それなのに自分が正妃になるから、その妃は側妃にすればいいと言う。」
「…王太子はもうすでに結婚しているのに割り込んできたんですか。」
「無理だからあきらめて帰れと言ったら、
それなら私の妃に、王妃でもいいと言い出した。
私にも妃はいるし、先ほども言ったように国王でも側妃は持たない。」
「……。」
呆れても何も言えない。
ルジャイルに側妃が存在しないというのは初めて知ったが、
王族の子がすべて王子として平等に扱われるというのなら、
王太子の子でなくてもいい。
側妃を娶ってでも王太子の子を、という考えはないのだろう。
ココディアのように王妃と側妃がいる国からしたら、
理解できないのかもしれないが…。
「すぐにでも国に帰れと言ったのだが、
食料をただで送ると約束してくれなければ帰らないという。
そんなわけにはいかないと何度説明しても聞いてくれない。
同盟国の王女とはいえ王宮に置いておくのは妃たちに何かしそうで怖いと、
王都の貴族が使わなくなった屋敷を買い上げて住まわせた。
使用人と食事だけはこちらで面倒見るが、あとは自分たちでなんとかしてくれと。」
「それは…たとえ王族とはいえ、
招待したわけでもないのに王宮に滞在させることは無いでしょうね。」
実際にルジャイルから来たイシュラ王子たちにも王宮での滞在許可を出していない。
それでもこちらで用意した屋敷をルジャイルに提供しているので、無礼には当たらない。
エンゾ国王が王女にしたことは、ごく当然の対応に思える。
「ほうっておけばそのうちあきらめて帰るだろうと思っていたんだがな…。
あちこちの貴族を呼びつけては自分が王妃になるだの、敬えだの騒ぎ、
ドレスや宝石を購入して王家につけで支払わせようとするし…。
もちろん、問題が起きたらすぐに対処しているが…困った存在なのは変わらなかった。」
「無理やり馬車に乗せて帰国させるわけにもいかないでしょうからね…。」
「そうなんだよ!本当に困り果てていたんだが、四か月前に事情が変わった。
ほら、ココディアの国王が代わっただろう?
どうせ前国王の息子で王女の兄だって言うから、
似たような感じなんだろうと思っていたんだ。
いつも通りに苦情を送ったら、すぐさま引き取りに来てくれた。」
「ああ、レイモン国王は前国王とは違うようですね。」
「私もそう思う。
王女の苦情を送るまで、そんなことになっているのは知らなかったそうなんだ。
ルジャイル王家に普通に嫁いだと思っていたようだ。
前国王が王女はルジャイルの王族に嫁いだと話していたそうでな。
違うと知るなり、すぐさま王女を引き取って賠償してくれたよ。」
「…なるほど。」
レイモン国王は前国王やサマラス公爵家だけでなく、自身の弟妹にも苦労したようだ。
第二王子はまともなようだが、それだけ周りに非常識なものばかりいたら大変だっただろう。
「そこでココディアのことも調べ、ユーギニスがこれからどうするのかと。
このまま結界の壁を続けていれば、我が国が影響を受ける。」
「え?」




