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エミリアが執務室に来たのは夕方近くになった頃だった。
ココディア語の授業は午後のお茶が終わるまでなので、
授業が終わってすぐにこちらに来たようだ。
「ソフィア姉様、お久しぶりです。」
「エミリア、急に呼び出してごめんね。
少しだけお茶につきあってくれる?」
「はい!もちろんです。」
執務室の奥の休憩室に向かって歩くと、すぐ後ろをついてくる。
久しぶりに会ったエミリアは成長が早いのか、
もう私と同じくらいの背丈になっていた。
私が八歳の時に産まれたエミリアも、十三歳を迎えて大人びた感じになっている。
王族らしい銀色の髪に緑目。
髪はふわふわとしたくせ毛で、歩くたびにふわりとゆれる。
騎士のような精悍な顔つきのエディとは違い、少し柔らかなたれ目が可愛らしい。
どうやら顔立ちは叔母様ではなく、叔父様に似たらしい。
お祖父様が言うには亡くなったお祖母様に顔立ちが似ているそうだ。
ソファに座らせて、さっそく話を始める。
あまり時間はゆっくりできないのが残念だ。
「授業、お疲れさま。どの教師もエミリアを褒めていたわよ。
王女教育も進んでいるみたいで安心したわ。
この分なら、学園に行く前に余裕で終わるわね。」
「帰国するまでまともに授業を受けていなかったので、できるのか心配でした。
でも、なんとか入学前に終わりそうでほっとしてます。」
「エディもアルノーもそうだったけど、エミリアも大変だったものね。
ユーギニスに帰って来てくれてよかったわ。」
「ふふふ。私はココディアでも楽しんでいましたけどね。」
見た目はおとなしめなのに、自分の意見をはっきりと言うエミリアは、
エディよりも王太子に向いていると思う。
芯が強いというか、きちんと信念に基づいて行動しているように見える。
エディとも仲が良いが、どちらかといえばディアナを慕っているようだ。
できれば二人の仕事を手伝ってほしいと思っているのだけど。
「あのね、エミリアに婚約の申し出が来ているの…。」
そう伝えると、眉間にしわを寄せ、表情で嫌だと伝えてくる。
こういうところはあまり貴族らしくないが、
王族なのだからこのくらいでいいのかもしれない。
その表情が可愛らしくて思わず笑っているとルリがお茶を出してくれた。
授業で疲れているエミリアのために蜂蜜入りのお茶を淹れてくれたようだ。
まだ飲んでいないのにふんわりと甘い匂いがしてくる。
それなのに、エミリアはお茶に手を付けず私の次の言葉を待っている。
「えっと、はっきり言っていいのよ?嫌なら断るだけだし、
エミリアを政略結婚させるつもりはないから。」
「あら、そうなんですか?
一応は王族ですし、責任があるのはわかってます。
ソフィア姉様が一人で頑張っているのも知っています。
私は王族にいてもあまりお役に立てませんし、
政略結婚の話を断ることはできないのかと思っていました。」
私の言葉を聞いて、パッと表情は明るいものに変わる。
どうやら嫌でも承諾するつもりでいたらしい。
エミリアもいろいろと考えて王族としての責任を果たすつもりだったのか。
大人びたとはいえまだ幼さも残るエミリアの頭を撫でたくなる。
本当にエディもエミリアもいい子で、ユーギニスは王位争いとは無縁だと感じる。
「まぁ、確かにエミリアは王女としては少し微妙な立場かもしれない。
だけど、ちゃんと役に立ってくれると期待しているの。
それは政略結婚という意味ではないわ。
エミリアは優秀だから、王女教育に差し支えないのであれば、
王太子の仕事を手伝ってくれたらいいなと思っているだけで。」
「エディ兄様のお仕事ですか?
それならディアナ義姉様がいますし、大丈夫じゃないですか?」
エディとディアナは去年の春に学園を卒業してすぐ結婚している。
王太子代理のエディを王太子妃代理としてディアナが支えてくれている状況だ。
優秀なディアナがいれば大丈夫だと思うのも無理はない。
「…でもね、そろそろだと思うの。
ディアナが妊娠して子どもを産む間、エディ一人じゃ無理かなって。」
「あぁ、そういう問題もありましたね。
では、ディアナ義姉様が仕事できない間はお手伝いします。」
「本当に?ありがとう。助かるわ。ちょっと私も国王代理の仕事で手いっぱいで。
エディのほうは手伝えないと思うのよね。
あ、で、一応は聞くけど…この婚約の申し出どうする?
断るにしても、ちゃんと見てから判断してもらえる?」
ルジャイルからの書簡を渡すと、
しかめっ面だったエミリアの顔がどんどん緩んで赤くなっていく。
…こんな顔するエミリア、初めて見たんだけど?
「え、エミリア?どうしたの?」
「あの、あのっ…。」
目をぱっちり開いたまま口をはくはくさせて、
それ以上言えなくなるエミリアにやっぱりと思いながら聞く。
「あのね、エミリア。
覚えているかわからないけれど、エミリアが帰国してすぐのころ、
エミリアに王太子になる気はないかって聞いたら、
素敵な王子様が迎えに来るから無理って言ったの。」
「…!!」
「その王子様って、その人なんじゃない?」
「あ…あの…姉様っ…」
「うん、落ち着いて。ゆっくりでいいよ?お茶飲む?」
ぬるくなってしまったお茶をすすめると、慌てたようにごくごくと飲み干す。
作法は完全に無視していいし、ここは従姉妹として聞き出すことにする。
政略結婚ではなく、恋人との婚約なのであれば、
個人的な話として考えていいかもしれない。
「エミリアが待っていたのは、その人なのね?」
「……はい。」




