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寝る前の診察を終えて、少し疲れているからとクリスに治癒の魔術をかけられる。
寝転がっている寝台に、着替えてきたカイルも横になる。
今日は三人で寝るようだ。
閨をする時は治癒が終わってからカイルが入ってくるのでわかる。
「今日はいつもよりも疲れてんな。考えすぎたか。」
「そうだね。いろいろ考えることが多くて。
考えても仕方ないことばかりだったのにね。」
イライザのこともココディア国内の動きも、
私がどうこうできることじゃない。
それなのに頭から離れなくて、ずっと気が重い。
「イライザのことはもう忘れるしかないな。
ココディアのことは…まぁ、ある程度予想してたよな。
姫さん、俺に王配になれって言った時にもうすでにそう言ってたしな。」
「クリスに言ってたってなんだ?」
「…ココディアの血をひく自分が子を産むのが最善だとは思わない、だったかな。
あの頃からココディアと開戦しそうになっていたのもあるんだろうが。
あの言葉があったから俺が王配になるのを決めれたというのもある。」
「ああ、そういえばそんなこと言ったね。」
懐かしいな。閨ができないから王配にはならないと言ったクリスに、
子を作るための王配は必要としていないと答えた。
ココディアの影響を受けないように、私の子を次の王にはしないと。
「今でもそう思ってるのか?」
「そうだね。実際にココディアではそう言われてるし。
今後もココディアといい関係になるとは思えない。
レイモン国王はいいかもしれないけど、
その子孫になるとどう関係が変わるかわからないからね。
お祖父様が婚姻による同盟を受けいれたのは、
そうしなければいけないくらい国が荒れたからだろうけど。」
「エディたちの子を養子にするのか…。」
「そう思ってたけど、養子じゃなくてもいいかなと思う。
エディたちも王宮にいるんだし、
子が産まれても王族として認めれば済む話だから。」
私の子にならなければ王太子にできないのかと思っていたけれど、
エディが王太子代理になったことで、
そのままエディの子も王族として認定することができる。
エディとディアナに育ててもらって、
本人が王子教育を終えるころに意思を確認してもいいと思う。
「エディが王太子になるのが嫌だったのは国王になりたくないからだろう。
エディたちの子が国王になってくれるような性格だといいんだがな。」
「それは…ディアナの子でもあるから大丈夫なんじゃないかと思ってる。
それでもダメだったら…その時考えるしかないよね。」
きっとディアナに似てくれたら引き受けてくれるんじゃないかと期待しているけど、
まだ結婚して一年だし、妊娠もしてないうちから気が早いかもしれない。
「…俺は姫さんとカイルの子なら見てみたいけどな。
ココディアのことがなかったら、少しは考えたのか?」
「え?」
「姫さんは子どもを欲しくないのかと思って。」
私自身の気持ち…ココディアのことがなかったとしたら。
思わず隣にいるカイルを見てしまう。
カイルとの間に子どもができる。きっと銀髪の可愛らしい子が産まれるだろう。
そして…私は母親となって…いや、違うな。
「…多分、ココディアのことがなくても産まなかったと思う。
産まない理由はいくらでも思いつくのに、産みたい理由が何一つ出てこない。」
「ソフィア…。」
「母親ってどういうものなのかわからない。
お母様のせいだけじゃないと思うけど、自分が母親になれる気がしない。
…きっと怖いんだと思う。
子を産むことで自分が違うものになる気がして。」
そっとクリスが背中をなでてくれる。
カイルがもういいんだと私の左手をにぎる。
自分の指先を見たら、少し震えている。
これは私の大人になり切れない部分だ。どうしても当たり前のことができない。
女性としての私、母性を受け入れられずにいる。
「悪かった。少し気になっていただけなんだ。
姫さんが子を産まないと決めた理由が引っかかってて。
産みたくないなら、それでいいと思う。
無理に産んでほしいとは思っていない。カイルもそうだろう?」
「ああ。俺はソフィアが決めたことを尊重する。
というよりも、存在しない子どもよりも、
ソフィアが笑っていてくれることのほうが大事なんだ。
…俺自身、母親を知らない。ソフィアと一緒だ。
俺とソフィアとクリスと。三人で家族で、もう十分だろう。」
「いいの?カイルは他に愛人を持てるんだよ?
その人なら子どもを産んでくれるかもしれないよ?」
「姫さん。馬鹿だな、それは。」
「え?」
なぜか呆れたようにクリスに言われ、カイルを見たらあきらかに怒っている。
カイルがこんな風に怒るのはめずらしいと思ったら、
治癒を終えたクリスが手を振って部屋から出て行く。
「今日は休ませようと思ったけど無理だね。二人ともおやすみ~。」
「え?」
「明日は少し遅い時間に起こしに来るけど。カイル、手加減はしろよ?」
「…できる限り努力はしよう。」
「姫さん壊すなよ?じゃあ、な。」
「クリス??」
パタンと扉は閉められた。
振り向くのが怖い…と思ってたら、無理やりひっくり返されて、
くちびるを重ねてふさがれる。
「…っ!?」
「俺にもう二度と愛人をすすめるなんてしないように、
ちゃんと理解してもらおうか?」
「もうしないっ…もう…」
絶対に二度と言わないと誓ってもカイルの機嫌は直らず、
久しぶりに起き上がれなくなるまで鳴かされることになった…。




