163
「……そんな。どうして?」
「どうした?」
「…結界の壁ができて、あの道は使われなくなったでしょ?
だから人が通らなくなったあの周辺に鉱山から逃げた荒くれ者たちが集まって、
盗賊の村を作っていたんだって。
その盗賊の村を一斉討伐したらしいのだけど…。」
「いいことじゃないか。何がダメなんだ?」
「その一週間ほど前に解放したイライザに持たせた鞄が、
盗賊の村から回収された中にあるのが見つかったって…。」
「は?」
「イライザが?あいつ、幽閉されているんじゃないのか?」
「ハイネス王子と子どもと一緒に幽閉されていたけど、
イライザはココディアの戸籍がなかったみたいなの。
元王妃が反対したから、実際には婚姻してなかったって…。
だから無国籍の平民で…レイモン国王がどうしたいか聞いたら、
イライザは屋敷から出て行くことを望んだって。」
「うわ…なんでそんな無謀なことを。
ココディア国の貴族でも平民でもなければ幽閉させるのは難しいだろうが、
解放されたからってどこに行くんだ。
ユーギニスには入国できないように魔力封じの首輪をつけているし、
もし入国できたとしても身内はいない…のはイライザは知ってるのか?」
イライザの母親はイライザが国外追放になってすぐに亡くなっている。
父親のエドガー叔父様は実際には父親ではなかったうえに、
寝たきりで意識が無い状況が続いていて、ハンベル領は国に返還された。
今は王領の領主代理として元ハンベル子爵が男爵になって任命されているので、
ハンベル領にたどり着けたとしても受け入れてはもらえないだろう。
「本人にはしっかり説明したって書いてある。
このまま幽閉されているのであれば生活の面倒はみると言ったそうだけど、
イライザは受け入れなかった。
国内が荒れていて状況もよくないからルジャイルに行ったほうがいいと、
馬車乗り場まで連れて行ってから解放したそうよ。
ちゃんとしばらく暮らせるだけのお金と宝石を鞄に詰めて持たせた。
その鞄が見つかった…イライザは盗賊たちにつかまったんじゃないかって。
でも探しても村につかまっていた女性の中にイライザはいなかった。」
「…盗賊たちにつかまったのに村にいないのなら、
おそらく人買いに売られたんだな。」
「人買いに?」
「ああ。ココディアで売ってもたいした値にならないし、足がつきやすい。
ルジャイルか他の国に売られているだろう。」
「そんな…。」
イライザにはいい思い出なんてないけど、
私の知らないところで普通に暮らしていてくれてかまわなかった。
恨んでも仕方ないし、私に関わらないのならそれでよかった。
そんなひどい目に遭ってほしいとは思ってなかったのに。
「そんな顔するなよ。
イライザが人買いに売られたからといって、ひどい目に遭うとは限らない。
それなりに生活は保障されるし、殺されるよりかはましだ。」
「それはそうだな。新しい国王になって、殺されたとしてもおかしくなかった。
二国間の争いの元凶なんだし、罪を押し付けて処刑することだってできたんだ。
レイモン国王はそれで新たな抵抗勢力が出てくることを恐れたんだろうが…。」
「処刑されるよりはまし…か。そう考えたらそうかな…。」
確かにユーギニスから国外追放する時も、
お腹にハイネス王子の子がいなかったら処刑になっていたと思う。
反逆罪だけでなく、私たちに向かって攻撃魔術を放とうとしていた。
そのことを考えたら、生きているだけいいのかもしれない。
「一応は見つけたら保護するようにルジャイルにお願いするか?」
ルジャイルに売られている可能性が高い。
お願いしたら見つかって保護できるかもしれない…けれど。
「ううん。それはしちゃだめだと思う。
無事でいて欲しいとは思うけど、ユーギニス王家として保護する理由がないもの。
もう戸籍から消してしまっているし、お祖父様が国外追放すると決めたのよ。
…王太子としては、何もできない。
ソフィア個人として無事を祈るしかできないわ。」
「…うん、そうだな。それでいいんだ。」
「カイルがよけいなことを言ったな。気にしなくていいぞ。」
「うるさいな。そうだよ。俺がよけいなこと言ったんだ。
ソフィアは気にしないでいい。」
「うん、ありがとう。」
カイルが私の頭を撫でたら、クリスが後ろからカイルを小突いた。
拗ねた顔のカイルが面白くて、少しだけ気が楽になる。
いろんなことが清算されていく。
割り切らなければいけないことを飲み込めるようになったのは、
少しは大人になれたのかもしれないと思う。
「ソフィア様、それも重要な報告ですけど、
ユーギニスとしてはもう一つのほうが問題じゃないですか?」
書簡を確認していたデイビットが心配そうに言うけど、
そっちのほうは予想できていたことだった。
「それね、そうなると思っていたの。」
「何がだ?」
「ココディアの貴族、民からはユーギニスの王太子はココディアを助けるはずだと。
だから大丈夫に違いない。そう信じられているそうよ。
私は半分ココディアの血をひいているから、
ココディアを助けるのは当たり前なんですって。」
「は?」
「もうすでに関係ないだろう?」
王太子妃だったお母様はユーギニスに嫁いだ事実すら消されてしまっているけれど、
ココディア側の貴族や民からすれば関係ないのだろう。
私は半分ココディアの人間だから、ココディアを助ける義務があると。
そう思われるのは予想していた。
「でも、血はつながっているわ。レイモン国王も従兄弟だものね。
レイモン国王自身がそう言って助けを求めてこないのが不思議なくらいよ。
前国王からの謝罪文にはたまに書かれていたもの。
ココディアの血に免じて許してくれないかって。」
「ふざけてんなぁ。」
「だからこそ、前国王は退位させられたんでしょう。
…レイモン国王はどう対応していくつもりなのかな。
ごまかしたりしないでこうして報告してくるのだから、
自分たちの力だけで何とかしようとは思っているんでしょうけど。」




