160 ココディア
「…た、たすかった…レイモン。」
「父上…これでわかったでしょう。」
「な、何がだ。」
まだわからない国王に、王太子と第二王子は深くため息をつく。
「このままだと殺されますよ。」
「は?誰にだ?公爵はもう牢にいれたのだろう?」
「結界の壁ができたことで大損をしたのはサマラス領だけではないですよ。
…次に来る相手は誰でしょうね。
あぁ、叔父のことを知ったら母上が来るかもしれませんね。」
「ひぃ!!」
「母上だってサマラス公爵家の娘ですからね。
弟の公爵が捕まえられたと聞いたら、怒るでしょうね。」
「た、頼む!助けてくれ!」
王妃である母上に頭が上がらない父上に、いつもながら呆れてしまう。
決められた結婚相手とはいえ、どうしてこうも母上と力関係が逆転してしまうのか。
第一王子として生まれた父上と公爵家長女の母上。
本来なら父上に逆らうことなどできないはずなのに。
「助けるも何も、ちゃんと自分で説明したらいいじゃないですか。」
「…無理だ。あいつがおとなしく話を聞くわけがない。
すぐに暴れて…物を投げつけられる。公爵を捕まえたと知られたら殺される…。」
「それこそ、母上を捕えたらいいじゃないですか。」
「そんな恐ろしいことできるかぁ…。」
「では、あきらめてください。」
冷たく突き放すと力なく悲鳴をあげ気を失いかける国王に、
もうどうしようもない人だと知っていても呆れてしまう。
「一つだけ、命が助かる方法があります。」
「な、な、なんだ!何でもする!教えてくれぇ。」
「国王の座をおりてください。」
「は?」
「国王で無くなれば、責任はなくなります。」
「本当にそれだけでいいのか?」
「ええ。今なら、母上に見つからない場所に匿って差し上げますよ。」
「頼む!逃がしてくれぇ。」
すがりついてくる国王に、国王の座を王太子に譲る書類を手渡す。
震えながらも署名をするのを見届けると、文官たちが元国王を迎えに来る。
「この者たちについていってください。離宮を用意しました。」
「おお、おお。そうかそうか。」
にこにことそのまま文官についていく元国王に、
見えないように小さく手を振った。
これが最後の別れになる。
それに気がついたのか、謁見室にいたものたちは元国王に深く礼をして見送った。
悪いだけの国王ではなかったのだ。
ただ、サマラス公爵家に弱く、言いなりになっていただけ。
サマラス公爵家が間違わなければ、優しい国王でいられただろう。
「…終わりましたか?」
「あぁ、なんとかな。情報くれて助かったよ。」
「どういたしまして。
うちとしてもあれ以上父上に暴走されても迷惑だったので。」
「それもそうだな。エドモン、いや新しいサマラス公爵か。
これからもよろしく頼むよ。」
隠れていた小部屋からこっそり出てきたのはサマラス公爵の一人息子エドモン。
父親である公爵が「今日こそは殺すと脅してでも結界をなんとかさせる」
と意気込んでいるのを聞いて王太子に密告したのだった。
王太子とは従兄弟になるが、身をわきまえていて有能。
できれば側近になってほしいのだが、公爵家を継ぐエドモンには断られ続けている。
「それなのですが、爵位を落としてもらえませんか?」
「爵位を?なぜだ。」
「あの父親の責任を取るって形で、伯爵家あたりに落として、
領地の半分を没収してくれません?鉱山のある一帯を。」
「鉱山を手放して、領地を立て直すつもりか。」
「ええ。その通りです。」
穀物を輸入できない今となっては鉱山はお荷物でしかない。
掘り出すために雇っていた者たちはまともなものから順に逃げ出した。
残っているのは高齢で他に移れないか、問題のある荒くれ者たち。
掘っても輸出できない魔石も大量にかかえている。
王領にしてしまえば王家が雇うことになるため、できれば手放したいのだ。
「…一つだけ条件がある。」
「なんでしょう?」
「お前が側近として加わってくれ。
それなら爵位を下げずに鉱山だけ引き取ってやろう。」
「…それは助かりますが…いいのですか?」
「その分、ユーギニスとの交渉は苦しむことになる。
国交を復活させなければココディアは終わる。俺たちを助けてくれないか?」
「……俺たち、ですか。わかりました。」
「よろしく頼む。」
エドモンは王太子と第二王子が手を取り合うのを見て、
少しは期待してもいいのかと判断した。
ここで王位を奪い合うようなら、爵位も放り出して他国に行くつもりだった。
「良かったですね、兄上。いえ、国王陛下。」
「そうだな。ようやくユーギニスへ本当の意味で謝罪できる。」
「今度は間違えないようにしないといけませんね。」
「わかっている。」
静かになった謁見室に少しだけ明るい二人の声が響く。
母親である元王妃はもうすでに別の離宮に送り届けてある。
元王妃と元国王は別々に幽閉する予定だ。
他の関係者も処罰する予定だが、関わっている者が多く、
これから考えなければいけない。
この国はもう限界寸前まできている。
そのためにはすべての関係者を処分しなければいけなかった。
まだ若い王太子と第二王子には重い決断だったが、
やらなければココディアの未来はない。
この日、新しい国王と側近たちの話し合いは夜中いっぱい続き、
翌日の昼前にユーギニスに書簡が送られた。
新しい国王、レイモン・ココディアの署名で。




