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いつも以上にきれいに磨かれた石床の上をゆっくりと進む。
白のドレス全体に青糸でびっしりと刺繍してあるために、かなりの重みを感じる。
両側に立つクリスとカイルに手をひかれるようにして、一歩ずつ進んでいく。
いつもなら立ち上がって迎え入れてくれるお祖父様だが、
まだ病み上がりのために王座に座ったままでいてもらっている。
二週間前に復帰したばかりだし、無理はしてほしくない。
立ち上がって迎え入れてくれなくても、厳つい顔のお祖父様の頬が緩み、
私たちを優しく迎え入れてくれる。
王座に座るお祖父様の前に宣誓台が運び込まれ、
デイビットが婚姻の書類をうやうやしく置く。
私が署名した後、第一王配になるクリス、第二王配になるカイルが署名する。
「…うむ。不備はないな。」
私たちが署名をした後、お祖父様が確認し、王族の婚姻が結ばれることになる。
「ソフィア。お前が選んだ二人を信じなさい。
この国を守るという重圧は一人では苦しくつらいものになる。
だが、お前には二人も支えてくれる王配がいる。
わかるな?」
「はい。お祖父様。
クリスとカイルとなら、きっとこの国を最後まで守り抜けると信じています。」
「…そうか。」
お祖父様の言葉に、しっかりとうなずいたのに、
なぜかお祖父様は少しだけ困ったような顔になる。何か間違った?
「クリス、カイル。お前たちならソフィアを託せる。
この国のためではない。ソフィアのために死ねるな?」
「お祖父様!?」
私のために死ねる?この国のためではなく?
あまりの言葉に驚いていると、クリスとカイルはお祖父様の言葉に静かにうなずく。
「もちろんです。ただし、死ぬ気はありません。
ソフィアを残してしまったら、もう守れなくなります。
ソフィアのためなら死んでも惜しく無いですが、ソフィアのために死ねません。」
「俺もです。俺たちがいなくなったら、姫さんは一人に戻ります。
それだけはしません。
もし…先に姫さんが死ぬようなことがあれば、俺たちも一緒に行きます。」
「うむ。それでいい。ソフィアを頼んだ。」
「お祖父様…二人も…どうして。」
どうしてそんなことを。
問いかけたら、お祖父様に手を取られる。
ぎゅっと握られた手はしわだらけで、いつもより力を感じない。
…お祖父様は老いてしまった。いつまでも私のそばにいてくれるわけではない。
それを感じるのが怖かった。
「ソフィア。儂はいつまでもお前を守ってやることはできない。
だからこそ、お前が産まれた時から儂の代わりに守れるものを探した。
学園のラインはもう一人の影だ。
王家に仕える人材を見極めるために学園に送っている。
クリスとカイルを見つけたのも、お前を守らせるためだった。
二人に出会って、お前が笑えるようになった日は本当にうれしかった。」
「ライン先生が影?私のために二人を見つけてくれた…。」
そういえば二人ともライン先生から声がかかったと言っていた。
ライン先生も影の一人だったんだ。
「ソフィア、お前は女王になる。そのことはとても重要なことだ。
だが、お前は一人の人間だということを忘れちゃいけない。
背負いすぎるな。何もかも守り切ることなどできやしないのだ。」
「…はい。」
「つらい時、悲しい時、すぐそばにいる二人に泣きついていいんだ。
楽しい、うれしい時は、笑ってはしゃいでもいい。
そばにいてくれて幸せだということを思い出して欲しい。」
「はい、お祖父様。私は、今も幸せです。
二人が、お祖父様が、みんながそばにいてくれます。」
「そうだ。そのことを忘れないでいなさい。」
「はい。」
婚姻が結ばれ、謁見室にいるみんなから祝福を受ける。
レンキン先生、オイゲン、ミラン、デイビット、
エディ、ディアナ、アルノー、リサ、ユナ、ルリ、
ダグラス、セリーヌ、クロエ、信頼できる人ばかり。
廊下にも人があふれている。東宮で一緒に働いていた文官たち。
こっそり料理長や影たちまでいる。
「聞こえているか?」
「え?何を?」
耳元で内緒話をするようにクリスが聞いてくる。何が聞こえるんだろう?
耳をすますとざわめきのようなものを感じる。
「王都中でお祝いの行事が行われているらしい。」
「え?お祝い?」
「姫さんの結婚を祝って、みんながお祝いをしてくれているらしいぞ。」
「そうなの!?」
王女の結婚だからといって、王都でお祝いの行事をすることはない。
公の行事ではなく、自分たちでお祝いをしてくれるなんて。
「みんな、ソフィアに感謝しているんだ。
ソフィアが民の生活を豊かにしてくれたのわかっているから。
だから、誰に言われたわけでもなくお祝いしてくれているんだ。」
「そうなんだ…うれしいな。」
「なぁ、ソフィアはリリアには魔術しかなかったって言ってたが、
俺はそうじゃないと思う。」
「え?」
「あの頃、リリアがいてくれたおかげで助かった命は多い。
その子孫なんだ。この国にいるのは。」
「そうだぞ。あの時、国が落ちていたら。
真っ先に死んでたのは王族と王家の血を持つ貴族だ。
つまり、リリアがいなかったら俺とカイルは存在していない。」
「今、こうやってお祝いをしてくれる民だって、生まれていたかわからない。
リリアが、この国を守り続けてきたんだ。」
「リリアが…この国の命を救った?」
「そうだ。リリアがいたからこの国は人であふれている。
それはリリアが成し遂げたことなんだ。」
「…魔術の知識だけじゃなかったんだ。」
「リリアが守った命を、ソフィアがまた守るんだ。
大変なのはわかってる。だから、遠慮なく俺たちに支えられていればいい。」
「俺たちは姫さんを支えるために、ここにいる。
頼ってくれなかったら俺たちがいる意味がなくなってしまうだろう?」
「うん…ありがとう。」
うれしくて涙がこぼれたら、両脇から涙をふいて頭をなでてくれる。
こうしていつでも二人はそばにいてくれた。
そして、これからもずっと最後までそばにいてくれる。
少し動くたびに感じるドレスの重み。
意匠にいれられた刺繍の古語は
「王配の二人と共に生き、この国の幸せを守るために力を尽くす」
クリスの騎士服には
「姫を守る医師と騎士となり、最後までそばにいる」
カイルの騎士服には
「ソフィアを愛す王配として、最後までそばにいる」




