154(カイル)
「…俺な、学園に入る前はもっと傲慢な貴族らしい性格をしていたんだ。」
「…ん?」
急に話を変えるようにつぶやいたクリスに、どうしたのかと思うがおとなしく話を聞く。
クリスが無駄話をするとは思えないからだ。
「俺は公爵家の出身だっただろう。
だから姫さんが産まれた時、あぁ、俺が王配になるのかと思ったよ。」
「は?…あぁ、でもそうか。身分で考えたらそうなるよな。」
産まれた時点でそう思うのは早すぎると思ったが、
あの第一王子と王子妃の不仲は有名な話だった。
ソフィアの次に王子が産まれることは想像できなかっただろう。
だとしたら、産まれたのが王女で将来女王になるとしたら。
公爵家嫡男のクリスが王配になると思っても不思議はない。
公爵家の跡継ぎは次男のデニスも産まれていたのだから問題ないし。
「しかも魔力なしの王女だと聞いて、
俺が王の代わりにならなくちゃいけないのかとも思った。」
「あぁ、そう思うのも無理ないな。」
「それでもうまくやれると思っていた。
俺なら王の代わりでも問題なくやれるだろうと。
何をしても優秀で、親の代わりに領主の仕事をするくらいだった。
親を馬鹿にして、半ば公爵家は俺のものだったと思う。」
「あんなのが両親だったからな。」
ココディアの大使を罷免されて、今はどうなっているのかわからないような親だ。
クリスが苦労してきたのは簡単に想像できる。
「だが、俺が男として欠けていることがわかって。
急にいらないものとされた。
おそらく両親にとって目障りになったというのもあるだろうが。
今まで完璧だと思っていたのに、何の価値も無いと判断されたんだ。」
「……。」
「やる気がなくなって学園に入学してみたら、俺よりも優秀な男がいるし。」
「優秀って、知識の試験だけの結果だっただろう。」
学園の入学時は知識を問う試験しかない。
魔術は鑑定を受けていない者もいるため、一学年の間は試験を行わない。
あの時、入学試験で魔術の試験があったら、間違いなくC教室だっただろうと思う。
何一つできなかったのだから。
「確かに入学時のカイルは魔術を使えなかった。
だが、一年間毎日ライン先生にしごかれた結果、二学年の試験でも首席だっただろう。
何なんだと思ったよ。馬鹿みたいに毎日ボロボロになるまで特訓されて。
俺と同じ髪色を見て、カイルも王家の血筋なのはわかっていたが、
辺境伯の出身だと聞いて…訳ありなんだというのも知った。」
「この髪色は目立つからな。周りからそういう目で見られていたのもわかってる。」
「銀色の髪、王家の血筋、優秀な成績。
俺が持っているものを全部超えられて、打ちのめされた気になった。
…俺が自分のことを完璧だと思っていたのは妄想だったんだって。」
「全然そういう風には見えなかったが。」
「一応は貴族だからな。悔しくても顔には出さない。
でもまぁ、本気で悔しくて、悔しくて。
気がついたらライン先生に特訓をお願いしていた。
カイルにしているよりも厳しく指導してほしいって。」
「…そんなことお願いしてたのか。
おかげで途中から俺の特訓も厳しくなったな。」
「ライン先生だからな。
どっちかだけ厳しくするとかできなかったんだろ。」
二学年になってすぐだったと思う。
個人演習場でクリスが居残りをするのを見るようになって。
あいつもライン先生の指導受け始めたんだな、追い抜かされるかもしれないって思った。
そのおかげもあって最後まで特訓を続けられた気がする。
俺だけだったら、ある程度魔術を使えるようになったらやめていたと思うから。
「最後まで勝てなかった。」
「俺も負けたくなかったし。」
「成績だけじゃない。それから今までずっと、だ。
俺はお前に勝てるとは思っていない。」
「…クリス。」
「まぁ、負けるとも思ってないけどな。」
「そうだろうな。」
クリスの負けず嫌いはよく知っている。
簡単に負けを認めるようなことはしないだろう。
俺としてもクリスに勝っているなんて思っていない。
まぁ、負けるとも思っていないのは一緒だ。
「俺は俺だけの力で姫さんを幸せにしてやれるとは思っていない。
だが、カイルと一緒になら幸せにしてやれると思っている。」
「俺と一緒に?」
「そうだ。俺には欠けたものがある。それはもうどうにもならない。
だからこそ、そこはカイルに任せる。
俺は俺のやりかたで姫さんを幸せにしたい。
カイルも…一人でなんでもやろうとするな。俺もいる。
姫さんを一人で支えるのは難しいだろう。
だけど、俺と一緒ならうまくやれると思わないか?」
「…そっか。俺一人でなんとかしようとするから悩むんだな。
ソフィアには俺だけじゃない。クリスもいる。
二人でなら支えられる…女王として、ソフィアとして。」
「そういうことだ。わかったらもう寝ろよ。
明日寝不足な顔してたら姫さんが心配するぞ。」
「そうだな。もう寝るよ。
…ありがとな。」
「おやすみ。」
さっきまでの不安が嘘のように消えていた。
何をそんなに気負っていたんだろう。
すぐに聞こえてきたクリスの寝息がソフィアの寝息に重なる。
こうして一緒にいることがもうすでに幸せなんだってことに気がついて、
うれしさを噛みしめながら眠りについた。




