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婚姻式の日取りが決まったことで、
衣装の打ち合わせのために執務室に衣装室の者たちが来ていた。
衣装室は王族の衣装や文官と女官の制服を作る部署で、
ここに勤めているものたちは使用人とは違い職人として扱われる。
一部の貴族出身の職人だけが本宮への出入りが許され、
他の者たちは別の場所で作業をしている。
「こちらが歴代の王妃様が婚姻式で着ていたドレスの意匠でございます。
残念ながら女王様の意匠は残されていないために再現できません。
そのため、王妃様の意匠と同じものではいかがでしょうか。」
「そう。女王の記録は残されていないでしょうから仕方ないわね。
これが王妃のドレス。お母様やお祖母様が着たもの。」
渡されたのはドレスを着た女性の絵姿だった。
数枚あるようだが、どれも同じドレスに見える。
白を基調としたドレスに細かな刺繍が青糸
ずいぶんと細部までしっかりと刺繍をするのだと感心していると、
刺繍だけ描かれたものがあるらしい。
「刺繍の意匠は決められていますので、部分ごとに書き写してあります。
婚姻式の刺繍は魔力をこめてひと針ひと針縫うことと決められていて、
できるかぎり多くの職人で短期間に縫い上げることとなっています。」
「そうなんだ。そんなことまで決められているんだ…え?」
手にしたのはちょうど胸元にあたる場所の刺繍だったが、これは…。
「どうした?ソフィア?」
「姫さん?……人払いをして。」
私の異変に気が付いたカイルとクリスが人払いをする。
執務室にいたものたちが礼をして部屋から出て行った。
誰もいなくなったのを確認してから聞き直される。
「どうしたんだ、青い顔して。その意匠に何か問題でもあったか?」
「これ…刺繍の意匠って、古語なの。」
「は?」
「模様にまじるように隠して、古語が縫われているの。
ここ、見て。」
胸元から腰にかけての一文を読み上げる。
「この国の犠牲になり、王のために生き、新しい王を産むためにすべてをささげる。」
「…なんだ、それ。」
「これ、王妃のドレスだろう?なんでそんな古語を?」
「ただのドレスじゃないわ。魔術式になってる。」
「魔術式って…嘘だろう。」
「じゃあ、これ効力があるのか?」
他の王妃の姿絵を見ても同じように書かれている。
…今までの王妃、すべてにこんな呪いのような魔術を…。
「さっき説明されたでしょう。ひと針ひと針魔力を込めて縫う、って。
できる限り多くの人で縫うのは多くの魔力を必要とするからで、
短期間で縫い上げるのは魔力が消える前に魔術式を完成させるためだわ。」
「そういえば、前王妃も前側妃も早くに亡くなってる。」
「まさか、このせいだっていうのか?」
「全部がこのせいだとは思わないけれど、
お祖母様はお父様とフリッツ叔父様を産んでいる。
二人とも王族として申し分ないほどの魔力量だわ。
もしお祖母様にそれだけの魔力が無かったのだとしたら、
足りない分を補うために命を削ったとも考えられる。」
「側妃は?」
「エドガー叔父様を産んだ側妃はそれほど身分の高い令嬢じゃなかったと聞くわ。
もともと持っている魔力量が少なかった可能性が高いの。
…無理やり魔力を引き出されたから、
エドガー叔父様を産んですぐ亡くなったのかもしれない。」
不思議ではあった。どうして王族だけが魔力が高いのか。
そのために王妃は魔力の多い令嬢を選ぶのかと思ったら、
そういう条件はないと聞いて驚いていたが、この魔術式を見てようやく謎が解けた。
どんな令嬢が王妃になったとしても、これなら王族は魔力を維持できる。
王妃の命と引き換えになるけれど…。
「…よし、古語の内容を変えよう。」
「え?」
「ソフィアなら古語わかるだろう?
どうせこれは王妃の意匠であって、女王のものじゃない。
変えたとしても問題ないだろう。」
「いいのかな。」
「いいんだよ。女王なのに王のためにっておかしいだろう。
それに姫さんを犠牲にするのは認めない。」
「俺も認めない。だから、違う文を考えよう。」
たしかに私が王になるのに、王のためにって違うよね。
子どもを産むことも考えていないし…。
「わかった。三人で考えよう?」
「ああ。」
「これ、俺たちの騎士服にも入れよう。ソフィアと対になるように。」
「いいな、それ。」
この国のために犠牲となって生きたのは魔女だけじゃなかった。
でも考えてみたら、この国の平民だって戦争で多くの命を失っている。
王族だから魔女だからじゃない。
もうこれ以上犠牲になる人がいなければいいと強く願う。




