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「おはようございます。」
「おはよう。今日も一日よろしくね。」
クリスとカイルと一緒に執務室に入ると、
デイビットをはじめとした執務室付きの文官たちは机について、
もうすでに仕事を始めていた。
昨日息子の顔を見に帰ったダグラスはまだ来ていないらしい。
国王の席に座るとすぐに今日の書簡が届けられる。
ココディアからの謝罪の書簡だ。
「あら。今日はもうすでに一通目が届いているのね。」
「ええ、あれから四か月ですからね。
さすがにココディア側も焦り始めてるのではないでしょうか。」
「そうね…もうすぐ麦の収穫の時期になるしね。
早く結界を解除して買い付けたいでしょう。」
ココディアとの国境に結界を張り、同盟を破棄し国境を封鎖した。
自国内で穀物の栽培が難しいココディアとしては、
ユーギニスから輸入できなければ死活問題だ。
「ソフィア様は解除される気は無いのですよね?」
「だって、ただの謝罪なのよ?
申し訳ありませんでしたって、だからどうするのって話でしょう?
どう責任を取るつもりなのか具体的な話をしてくれないと。
謝ったからって許すわけないじゃない。
しかも、今まで通り同盟を続けてくれって。
破棄したものを簡単に戻せるとでも思っているのかしら。
勝手なこと言って開戦しようとしたのは向こうなのに。」
「ですよねぇ。ココディア国王も何を考えているのやら。
毎日こうやって謝罪の書簡を送り続けるだけ、ですからねぇ。」
「本当よね。これを転移させるだけでも魔石が必要になるのに。
って、ユーギニスに輸出できない今なら余りまくってるわね。」
ココディアと接している国で魔石が取れないのはユーギニスだけ。
だからうちの国が買わなければココディアでは消費しきれなくなる。
安値になるのはもちろん、置き場にもこまるだろう。
だからこそ、早く前の状況に戻して欲しいと懇願されている。
謝罪文が送られてくるのは予想していたし、
ココディア側が困るだろうことも予想していた。
簡単に解除するようなことはしない。
もう二度とあんなことを考えたりしないように、
徹底的に痛い目に遭ってもらうつもりだ。
「だけどなぁ、ユーギニスの穀物も余らないか?
ココディアに大量に輸出してた分、今年の収穫したものはどうする気だ?」
自分の机で作業していたクリスが問いかけてくる。
手にしている書類を見ると、作付けに関するもののようだ。
今年の収穫予想を見て心配になったのかもしれない。
「あぁ、それね。大丈夫だと思う。
その分もまとめてルジャイル国に送ろうと思ってるから。」
「ルジャイルに?そんなに大量に送るのか?」
ルジャイルも食料不足に悩んでいる国ではあるが、
ココディアの分も消費するほど大きな国ではない。
どうしてそんなことをするんだとクリスが不思議そうな顔をする。
「ココディアが食料に困って、でも結界を解除されなかったらどうなると思う?」
「…うちの国以外から買い付けるしかないよな。」
「その通り。一番近いのはルジャイルでしょう?
だから、ルジャイルにはこう言うつもり。
大量に穀物を送るので、ココディアに高値で売りつけてねって。」
「は?…姫さん、えげつないな。」
「だって、このままだとココディアは手当たり次第に買い付けるだろうし、
ルジャイルの食料が高騰しちゃうでしょう?
それならルジャイル王家からココディアに高値で売りつけてもらおうって。
買い付けする国がルジャイルしかないんだから、ココディアは買うしかないし。
ココディア国内でどこが一番食料不足で困ることになると思う?」
「人が多い場所…鉱山のある場所か。」
「そう。鉱山を所有しているのは王領とサマラス公爵領。
そのどちらも今回の件に関わっている。
高値で買わせることで私財を減らせることができるし、
もし買わなかったとしたら…労働者の暴動が起きる。
どっちにしても痛い目に遭うでしょうね。」
「ソフィア様…さすがですね。
ルジャイル側にしっかりと伝えておきますね!」
「頼んだわ、デイビット。」
うれしそうなデイビットとは違って、クリスとカイルは苦笑いしている。
良い手だと思うのにな。何が不満なんだろう。
「いや、いいんだけどさ。
開戦しないのに敗戦国になるくらいの痛手を負わせそうだな。」
「そのつもりだけど?」
「わかった。それなら徹底的にやろう。」
「カイルもそっち側か。…まぁ、いいか。
ユーギニスの穀物の値段が暴落しても困るからな。」
最終的にはクリスも笑いながら納得してくれた。
今後もココディアからの謝罪の書簡は届くのだろうけど、
謝罪だけで許す気はまったくない。
責任を誰が取るのか、今後ユーギニスとどういう形でやり直すつもりなのか、
はっきりと示してくるまで結界は続く。
「とりあえず、この件は置いときまして、
ソフィア様、クリス様、カイル様、婚姻式の日取りが決まりましたよ。」
「え?お祖父様は大丈夫なの?」
「はい、レンキン医師の許可が下りました。
二週間後には陛下も公務に復帰されます。
まぁ、仕事量はかなり減らす予定ですけれど。
婚姻式は今日から一か月後になります。」
「わかったわ。」
王族の婚姻は国王陛下の前で宣誓し署名する。
そのため、お祖父様が元気になるまでは延期するのだと思っていた。
レンキン先生の許可がおりたということは、
もう安静にしていなくても大丈夫なまで回復したということだ。
クリスとカイルと婚姻するまであと一か月。
なんとなくもうすでに王配として仕事をしてもらっているせいで、
今さらだと思ってしまうけれど。
正式に夫が二人もできるんだと思うと不思議な感じだ。
報告を聞いたクリスはいつも通りだったけれど、
カイルは何か考え事があるのか難しい顔をして、あちこちにぶつかっていた。




