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「今すぐ、あの書簡は間違いだったと訂正してください!」
「…そんなことをすればアデールが何を言うか…。」
「このまま戦争を始める気ですか!」
「いや、さすがにユーギニスのほうも開戦する気は無いだろうし、
王女が王太子になったと聞いている。
もしかしたら、素直に王位を譲ってくれるかもしれないぞ?」
「そんなわけないでしょう!」
国王のあまりの言い分に王太子は呆れながらも怒鳴り続ける。
いつもなら説得するのに疲れてあきらめてしまうところだが、
今回ばかりはあきらめるわけにはいかなかった。
このままでは間違いなく開戦する。それだけは止めなくてはいけない。
「だがなぁ、イディアの娘ならココディアの血をひいているわけだし、
ココディアの言うとおりにしてくれるかもしれないだろう?」
「…叔母上が育てたわけでもないのに、ですか?」
「育ててはないかもしれないが…。」
「ありえませんね。
同じ王太子として、そんな愚かな感情は無いと断言します。」
ココディアでは生まれた第一王子と第二王子は妃のもとから離され、
議会で選ばれた乳母と教師によって育てられる。
妃の生家の権力を強くしないためと、よけいな思想を植え付けられないためだ。
そのため王太子のレイモンは王妃とはほとんど接していない。
母上とは呼んでいるものの、だからといって情はない。
王妃の手元で育てられた妹と弟とは考えが合わないため、話すこともしない。
むしろ一緒に育った異母弟の第二王子ダニエルとは親友のように仲がいい。
そんなレイモンだったからこそ、
同じ王太子のソフィアがそんな愚かな判断をするとは思わなかった。
賢王と呼ばれているユーギニス国王の孫娘で、父親の第一王子に代わって、
十六歳という若さで王太子に指名されたソフィアだ。
王太子となっても大丈夫だと判断されたからこそ、
その若さで指名されたのだろうと考えていた。
「……開戦したら、どうしたらいい?」
「だから、開戦する前に謝れって言ってるんです!」
気弱になった国王に、疲れながらも怒鳴るしかない。
もう何度も同じことを言っているのに、国王は王妃に叱られるのが嫌で、
ユーギニスに謝ろうとしない。
だが、開戦するのも怖い。
戦うことだけでなく、その責任を取らされるのが怖いのだ。
「……無かったことにしてもらえんかなぁ。」
「わかりません…ですが、謝らなかったら、間違いなく開戦しますよ。」
ようやく謝ることに決めたらしい国王に、
うんざりしながらも便箋を手渡す。
一刻も早く謝罪の言葉を書かせてユーギニスに送らせなければならない。
開戦すると告げたのはちょうど一週間前。今日の午後が期限となっている。
もうすでに開戦の準備が始められていてもおかしくない。
「大変です!」
手紙を書き始めたと思ったら、第二王子ダニエルが部屋に飛び込んできた。
血相を変えて、何かの報告書を手にしている。
「どうした?」
「国境…の…砦からの報告…です…。」
息を切らしながらも、その言葉を何とか言うと、報告書をレイモンに手渡す。
国王もいるのにレイモンに渡し、それを国王も何も疑問に思わないあたりが、
もうすでにこの国の要が変わっていることを示していた。
「…結界?長い壁のような?どういうことだ?」
「…何度か手紙を送って確認したのですが、同じ答えが返ってくるのです。
三日ほど前に国境付近に壁があらわれ、調べたところ結界のようだと。」
「結界なら解除すればいいだろう?」
結界は防御にはなるが、解除する方法が無いわけではない。
一次的に守ることはできても、長時間保つのは難しいし、
解除する魔術を使われたら消えてしまう。
「それが…解除できないと。」
「は?」
「新しい魔術なのか、結界の解除が効かないそうです。」
「…どういうことだ?結界を作り出したのはユーギニスだろうが、
結界を張ることで兵を送られないようにしたということか?」
「おそらくそうだと思います。人一人通れなくなっていると。」
「…こんな対応されるとは。
だが、それほど長い間は持たないだろうし、謝罪したら解除してくれるだろう。
父上、一刻も早く手紙を書いてください。ほら、早く。」
「わ、わかった。」
だが、国王が手紙を書き終わる前にユーギニス側から書簡が届く。
「我が国はこれよりココディアとの同盟を破棄し、国境を封鎖する。
国交は断絶し、人、物、の行き来を禁じる。」
それを読んだ国王は崩れ落ち、王太子は頭を抱えた。
もう何をしても遅かったのだと。




