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ココディアの王宮、謁見室の奥にある国王控室では青年の責める声が続いていた。
それに対する声は弱弱しいものであった。
一人はココディアの王太子レイモン、もう一人はその父親であるココディア国王だった。
人払いがされた後、普段は物静かな王太子が国王を責め続けている。
「父上、いいかげんに母上の言いなりになるのはやめてください!」
「…わかっておる。わかってはおるのだが…。」
「わかっていないから、こうなっているのですよ!」
「だが…なぁ。」
何を言っても言い訳ばかりの国王に、
うんざりしながらも王太子は苦言を言わざるを得ない。
普段から口うるさく言っている自分が地方の視察に行っている間に、
隣国ユーギニスに王位を譲るように書簡を送ったと聞いて、
国王は正気なのか疑ったほどだった。
聞いてみればいつも通り、母上のわがままを聞いただけという態度の国王に、
もうこの国は終わりなんじゃないかと頭を抱えてしまった。
母上のわがままというより、母上の生家サマラス公爵家のわがままだ。
前サマラス公爵はココディアとユーギニスの戦争を終わらせた人物だった。
当時の国王はココディアが全滅したとしても負けを認めないような性格だったため、
ユーギニス国王から和解案が提示されてもうなずくことはしなかった。
それを戦争を止めるために私兵を使って国王を幽閉し、
王弟をあらたな国王として和解案を受け入れるように促したのが、
十年ほど前に亡くなった前サマラス公爵であった。
静かな兵による政権交代と言われる出来事だった。
同盟を結んだ後、前サマラス公爵は国王を幽閉した罪を償うと申し出たが、
新しい国王はこれを認めず、孫娘の一人をココディアの王子妃に、
もう一人をユーギニスの王子妃にすることにした。
サマラス公爵の血をひくものが二国の王太子を産むことになる。
それが忠臣への褒美だと考えたからだった。
それが、今どうしてか孫娘であるココディアの王妃アデールのわがままにより、
ふたたびユーギニスと戦争の危機を迎えている。
「ハイネスが連れてきたあの女は王家の血をひいていないと知ってるではないですか!
なのに、なぜ嘘の証言までさせてユーギニスの王位など望んだのです!」
「イディアがなぁ…かわいそうだというんだ。」
「かわいそう?叔母上がですか?」
その言葉に王太子は思わず首をかしげた。
サマラス公爵家の二女イディアはユーギニスの第一王子に嫁ぎ、王女を一人産んだ。
だが、夫との仲は悪く、他の貴族たちにも受け入れられることは無かった。
離宮で半ば幽閉される形で過ごしていたが、離縁してココディアに帰ってきている。
ココディアに帰って来てからはサマラス公爵家を継いだ兄を頼って過ごしている。
サマラス公爵家の第一子で長女だったアデールと第二子で長男のセドリックは、
末妹のイディアがかわいくて仕方がなかった。
イディアが一番美しく、素直な子で、上二人のいうことを何でも聞く、
まるでお人形のような令嬢だったためだ。
前サマラス公爵の褒美の形であたえられた婚約だったが、
イディアが隣国へ嫁ぐことを最後まで悲しんでいた。
「お祖父様のせいでイディアが犠牲になった」と。
そのイディアが第一王子の浮気相手に殺されかけて、離縁させられ帰国した。
アデールとセドリックには許せることでは無かった。
私たちの可愛いイディアになんという非道なことをと、
ずっとユーギニスにやり返すことを考えていたのだ。
それがアデールの娘の暴走により、けしかけられたハイネス王子が留学して、
結果として公爵令嬢のイライザを妊娠させて送り返されてきた。
それだけではなく、ユーギニスの王位簒奪をねらったとして処罰された形だった。
王妃アデールが一番可愛がっている、イディアによく似たハイネス王子が、
これによって廃嫡の危機にたたされることになった。
もうアデールにはユーギニスは敵でしかなくなっていた。
どうにかしてイディアとハイネスにしたことをやり返してやろう。
それが、今回の開戦につながっている。




