143(カイル)
ココディアとの国境までの旅は思った以上にきつかった。
一度も宿に泊まらず、野営すらせず、わずかな休憩だけ取って馬車は走り続けた。
いつも使っているような王宮の馬車ではなく、目立たない普通の馬車。
舗装されていない道を走り続けると、身体に異常が起きてくる。
それでも、途中で休むわけにはいかなった。
一週間したら開戦するとココディアから通達されている。
その前に作戦を成功させなければいけなかった。
俺もクリスもソフィアに無理をさせたくはなかった。
だけど今回に限っては止めても無駄だとあきらめていた。
ソフィアにしかできないことがある。
そして、そのことをソフィア自身がよくわかっていた。
無事に結界を張り、王宮に戻って来て、俺とクリスは待機室に戻った。
ソフィアが湯あみに行っているのと同じで、俺たちも湯あみが必要だったからだ。
汗と埃まみれだし、草むらを何度も行き来していたせいで、
あちこちに草の汁がついてしまっている。
交代でクリスと湯あみをし、身支度を整えていると、
ルリが血相を変えて待機室に飛び込んできた。
「大変です!ソフィア様が!」
「ルリ、どうした?」
「ソフィア様が湯あみの最中に意識が無くなって、
熱があるみたいなんです!」
「…っ!」
意識が無くなった?さっきまであんなに元気だったのに。
やっぱり無茶していたのか…?
「今すぐ診るよ。姫さんはどこに?」
「寝室に寝かせました。」
「わかった、行こう。」
すぐさまクリスとソフィアの寝室に向かう。
部屋に入ると、寝かされているソフィアの周りにリサとユナがついていた。
「診るから。」
「わかりました。」
ここからはソフィアの担当医師としてクリスの仕事だ。
リサとユナは必要な物があればお呼びくださいと言って部屋から下がった。
「ソフィアは大丈夫なのか?」
「ずっと無理してたんだ。
身体の不調を魔力で補っていたんだろう。
おそらく王宮に着いて、安心したせいで無理するのをやめたんだな。」
「あれは俺たちでもきつかったからな。
よく耐えたと思うよ。」
「とりあえず寝かせて、起きたら薬湯を飲ませよう。
一番必要なのは休養だ。」
「そうか。」
熱が高いのか、息が苦しそうに見える。
額の上に手を置いたら、少しだけ表情がやわらいだ。
「姫さんはずっと一人で無理することに慣れすぎている。
俺は…虐待されて育ったせいなんだと思っていたよ。
人見知りするのも、頼らない癖も。
それだけじゃなかったんだな。」
「そうだな。五十年…ずっと一人でいたらそうなるだろう。」
俺もクリスと同じように考えていた。
ソフィアがあまり人に頼らないのは虐待されたからだろうと。
両親に放置されて、あんなふうに虐げられていたら無理もないと思っていた。
…それが、五十年も塔の中で一人だったとは。
「なぁ、カイル。」
「なんだ?」
「姫さんが閨に関しての知識が欠落している理由がわかったよ。
魔女だった頃、そういった知識は与えられなかっただろう。
生殖機能がないんだ。周りが教えるわけがない。
むしろ、徹底的に知らせないようにされていたはずだ。」
「…子を産めないのなら、閨の知識はいらない、か。」
「戦場につれていけるのは魔女だけっていう意味も。
姫さんは気が付いていないようだったがな。
令嬢が戦場にいたら襲われることもありうる。
魔女が子どもの身体なら被害に遭いにくいということもあるんだろう。」
「…戦場じゃきれいごとは言えないか。
確かにそういうこともあるんだろうな。」
その頃の魔女の扱われがなんとなくわかる気がする。
子どもの身体のほうが連れて歩きやすい。
食料も少なく済むし、軽いほうが運びやすい。
優先して食べられるだけましだったというのも本当なんだろうが。
…だから、ソフィアはこの国を守ると言うのかもしれない。
戦争が起きたら、国が傾いたら、どうなるか知っているから。
「しかしまぁ、カイルが苦労するな。」
「ん?」
「姫さん、きっと無意識に閨に関することをさけている。
魔女だった時の名残なのかもしれないが。
…初夜は苦労するだろうなぁ。」
「はぁ??」
「いや、だって、もう半年も無いんだぞ?
ちょっとはそういうことも考えておけよ。」
「……考えって。」
「カイルだって、知識はあっても経験ないんだろ。
大丈夫なのか心配になるよ。」
「……。」
「まぁ、それはおいおい考えればいいか。
薬湯を作ってくるよ。姫さんの様子をみていてくれ。」
「…わかった。」
俺がため息をついたのを見て、クリスはにやっと笑って出て行った。
嫌がらせで言っているわけじゃないんだろうが、面白がっているのは間違いない。
熱が上がり続けているのか、真っ赤な顔したソフィアの髪をなでる。
嫌な夢でも見ているのか、うなされて苦しそうにしている。
クリスが治癒をかけているソフィアに俺が何かすることはできない。
魔力を流さないように、そっとなで続けているとソフィアの目が薄く開いた。




