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「国が落とされそうになったの。
だから、陛下は結界の乙女を実行することを決めた。」
「それって、もしかして…。」
「ソフィアも…あの塔に?」
「いたわ。ただし、あの塔じゃなく、アーレンスとの境にある塔だったけど。」
「っ!!リリアなのか!?」
思わず身体を浮かせたカイルを、クリスが押しとどめて座らせる。
興奮してしまったことを恥じるように、すまないと謝られる。
…謝らなくてもいいのに。
ココディアとの結界の塔は四つだったけれど、チュルニアとの間の塔は一つだった。
残されていた本を読んでいたカイルが気が付いてもおかしくない。
「そう。リリアよ。…正確には、リリアだった。」
「…あぁ、そうか。そういうことか。
考えてみたら、リリアはソフィアの印象そのままじゃないか。」
「印象?」
「小さくて、笑うと可愛くて、商人夫婦が訪ねると喜んでくれて。
ずっと一人で寂しいはずなのに、そんなそぶりは全然見せなくて。
国のために新しい魔術を開発するとうれしそうに手紙で王宮に知らせようとする。
その結果を見届けることができなくても、
最期まで国のためにその知識を生かし続けた…。」
「それは姫さんだな。まったく違和感ない。」
「……あの夫婦、そんな風に書いてたんだ。」
最期まで私のことを心配してくれていた商人夫婦。
私のほうがずっと年上なのに、会うたびに子ども扱いされていた。
ご飯は食べているのか、夜はちゃんと眠れているのか、
魔術以外の本はいらないのか…。
お茶を飲むようになったのも、あの夫婦が持ってきてくれたからだった。
水以外の飲み物を飲めるくらい平和で豊かになったんだなぁって、
三人でお茶を飲みながら笑ってた。
「そうか。リリアがソフィアだから、知識量がすごかったんだな。
五十年以上も独学で研究し続けたってことだろう。
人から教えてもらうのとはわけが違う。
全ての基礎を理解した上で組み立てていくのだから…
恐ろしいほどの情報量と制御能力が必要になるな。」
「俺としてはそれよりも姫さんが世間知らずな理由がわかったよ。
十歳で時間が止まっていたんだろう?
ずっと子どものまんまだ…そりゃあ筋金入りの姫さんだよなぁ。」
「クリス、何を言ってるの?
私、魂は八十歳を過ぎているのよ?おばあちゃんでしょう?」
「は?姫さんがおばあちゃん?」
「だって、リリアが死んだのは六十三の時だし、今は十八だもん。
足したら八十歳こえちゃうじゃない。」
今は十八で、十九歳になる年だけど、中身は違う。
魔女だったことを言いたくなかったのはそれを知られたくなかったから。
気持ち悪いとか、騙してたとか言われたらどうしようかと思っていたから。
魔女だったことはすんなり受け入れられているけれど、
よく考えてみたら気持ち悪いとか言わないかな…。
不安に思っていたら、クリスとカイルは顔を見合わせてうなずいた。
…なんで二人でうなずいたの?
「ソフィア、どう考えても、ソフィアは子どもだな。」
「え。」
「普通の十八歳でも、もう少しいろんなことを知ってるぞ?」
「ええ?」
「どこがおばあちゃんなんだか。
普通のおばあちゃんは三角屋根の家を見ただけで騒いだりしないぞ。」
「…う。」
確かに騒いだ。
王都から出てすぐの赤い三角屋根の家を見て、かわいいって叫んでた。
だって、あんな小さくてかわいい家を見たことなかったんだもん。
「羊の群れをみたら、もこもこにさわってみたいって言いだすし、
夕方に帰る鳥の集団もあれは何ってうるさいし…。」
「ううう…だって。どれも初めて見たんだもん。」
「ほらな。姫さんはずっと外の世界を知らなかったんだ。
そりゃ魔術の知識だけはすごいよ。そんなのは前から知ってる。
だけど、普通の令嬢が大人になって過ごす五十年を知らないんだ。
魔女だった時は塔に、今の姫さんは王宮に閉じ込められている。
鳥かごの中に飼われている状況じゃ外の世界は見えない。」
だから…とクリスがゆっくりと私の頭をなでる。
いつもは笑わないクリスが私に向かって微笑んでいる。
「ただ長く生きていたら歳をとるわけじゃない。
それは、身体は衰えていくだろうけど。
いろんな経験をして、いろんなことを知って、
心が動いて歳を重ねていくんだ。」
「そうだな。ソフィアはこれから大人になっていく。
いろんなことを知って、経験して、ようやく止まっていた時間が動き出す。」
「これから…大人に?」
「そうだ。この旅でわかっただろう。
知らないこと、経験していないことだらけだったって。」
「…うん。」
「旅に出て、知らないことばかりだっただろう?
だから、王宮にいた頃より大人になった気がしないか?」
「する。」
「そういうことだよ。」
その言葉には少しの嘘も感じられなかった。
私を慰めようとか、ごまかそうとかしてない。
二人とも、本当にそう思っているんだとわかった。
「そっか…そうなんだ。」
「あせらなくても、俺たちがずっとそばにいる。
ゆっくり大人になればいい。」
「うん。」
「じゃあ、もう寝よう。」
話したい事はもっとあったのかもしれない。
だけど、なんだか気持ちが満足してしまって、もういいやと思った。
「おいで。今日は俺の番から。」
呼ばれるままにクリスに抱きかかえられて、膝の上に横抱きにされる。
二人におやすみと挨拶したら、すぐに夢の中に吸い込まれた。




