14
「俺はクリス・バルテンと申します。」
クリス・バルテン。バルテンの名は聞き覚えがあった。
バルテン家は確か…。
「クリスは公爵家の出なの?」
クリスの家を確認しようと口にしたら、
お祖父様をはじめ、その場にいた全員が驚いたのがわかった。
「ソフィア、お前、王女教育は受けていなかったな?」
「はい。三日で教師が来なくなってしまいましたから。」
「それなのに、この国の貴族の名を覚えているのか?」
「ええ、おそらく大体の貴族の家名は覚えていると思います。
下級使用人たちは貴族の噂話をよくしてますから。」
洗濯している間に聞いた噂で覚えたと知って、お祖父様の顔が歪んだ。
…言ったらまずいことだっただろうか。
七歳とはいえ、私の見た目は五歳程度の身体だ。
噂を聞いて家名を覚えたということが信じられないのだろうか?
下級使用人の噂が品のいいものではないことを心配したのかも?
「まぁ、いい。これからは王女教育も始まる。
家名を覚えているのはいいことだ。」
「はい。それで、クリスは公爵家なのに、私の護衛騎士をしてもいいのですか?」
「あぁ、大丈夫だ。」
それならいいけど、普通は公爵家の者が護衛騎士はしないんじゃないかと思う。
クリスを見ると表情は変わっていないけれど、
なんとなく家のことは聞かないで欲しいという感じがする。
これは事情を聞くとしても仲良くなってからかな…。
「もう一人の護衛騎士さんは…いつも私にお返事してくれていた監視人さんね?」
もう一人の護衛騎士は私に返事をしてくれていた過保護な監視人さんだった。
クリスと同じくらいの少年で、こちらも細身の体だった。
二人ともまだ十代に見えるけれど、専属護衛騎士?
「カイル・アーレンスです。
返事…というか、あれくらいしかできなかったですが…。」
申し訳なさそうにぺこりと頭を下げたカイルに違和感を持つ。
…なんだろう。この違和感。
「カイルはアーレンス家の出身?辺境伯だよね?
辺境伯の人はあまり他家に出ないと聞いていたけれど、
辺境伯領地に帰らなくてもいいの?」
あまり突っ込んで聞くのもどうかと思うけれど、
このくらいの疑問は聞いてもいいんじゃないかと思う。
辺境伯領地はもともとこの王国とは別の国だったこともあり、
あまり王家に仕えるといった感じではない。
それに…これほどまで腕のいい魔術師だったら、
辺境伯領地から出したくないんじゃないかと思った。
仲良くなった後で辺境に帰りますなんて言われたら嫌だなぁと思ってしまったのだ。
だって、返事をくれたのは過保護な監視人さんだけだったんだもん。
前世を思い出してしまったせいか、誰とも会話しない生活というのは結構つらかった。
その中でコツンと返事をくれる監視人さんは心の支えでもあったのだ。
じっと見つめていたら、ちゃんと見つめ返して返事をくれる。
「俺は辺境伯の三男です。上二人は領地に残っています。
それに父が再婚して、俺の下に四男と長女もいます。
…なんというか、領地に帰っても居場所がないんですよ。」
「…カイル、一人だったの?」
「はい。」
そっか。わかってしまった。
カイルが返事をくれたのは、無視されることのつらさを知っていたからだ。
きっと辺境伯領地にはカイルの居場所がなかったから、
カイルの腕の良さを知ったお祖父様が私の専属護衛にしたんだろう。
「カイル…ずっと領地に帰らないで私のそばに居てくれる?」
「ずっとですか?」
「うん。ずっと。そうしたら私さみしくない。」
暗に今までさみしかったと告げると、誰もが目を伏せた。
報告書で私の生活がどれほど虐げられていたかわかったはずで、
幼い子どもが誰にも甘えられずに育ったのを知ったはずだ。
「わかりました。…姫様、俺をずっとそばに置いてください。」
「ホント?ずっといてくれる?」
「はい。」
「良かった!お祖父様、いいですよね?」
一応はお祖父様の許可が必要だったことを思い出し、振り返った。
お祖父様とレンキン先生、オイゲンがボロボロと泣いているのを見てぎょっとする。
「え?え?」
「…すまんかった。お前があんな目に遭っていたのに気が付かず…。
もう、二度とそんなことは起きない。
お前はハズレ姫じゃない。儂の大事な大事な孫姫だ。
早く元気になって、王女教育を始めよう。
なに…噂話だけで家名を覚え、エドガーたちの企みを見抜いたお前だ。
立派な王女になる。儂の跡を継ぐのはソフィア、お前だよ。」
お祖父様に抱き上げられたと思ったら、ぎゅうっと抱きしめられた。
優しい家族のぬくもりを感じ、私もお祖父様に抱き着いた。
頭の中は魔女だった前世があるといっても、身体は七歳の子どもだ。
うれしくて自然に涙がこぼれた。
「お祖父様、大好きです!」
「うん、うん。儂もだ。」




