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「…これが結界の乙女の塔なのか。」
「そうよ。これと同じものが国境に沿って四か所あるの。」
「入口がないけど、二階から入るのか?」
二階には窓があるが、一階に入り口が見当たらない。
そのことに気が付いて、クリスが首をかしげていた。
「…今、入り口を開けるね。」
塔の裏側に回ると、二か所だけ石が少しへこんだ箇所があった。
何度も人がさわったから削れたのかもしれない。
そこに両手をあてて、魔力を流す。
ゴゴゴと石を引きずるような音がして、塔の正面が開かれる。
「隠し扉なのか。」
「魔力を流さないと開かないようになっているの。
塔の中からも開けられるけど、仕組みは一緒よ。」
人が一人通れるかどうかの狭い入り口。
魔女は塔に入ったら、入り口から外に出てはならない。
塔の中にいなければ魔力供給ができないからだ。
だから、入り口から中に入ったのは一度だけだった。
それでも、その時のことを覚えている。
足を踏み入れるとひやりとした空気に身体が包みこまれる。
…この感覚も久しぶりだな……。
「…中に入るだけで魔力を吸われているのか。」
「そこまで吸われている量は多くないが、けっこう違和感があるな。」
「魔力を吸われる経験なんて普通はしないものね。」
魔力を吸われると、自分を作り上げている力がふわふわと抜けていくような感覚になる。
周りと自分との境界線があいまいになったようで、慣れるまでは落ち着かない。
魔力量が多ければ多いほど、その感覚が強くなる。
クリスとカイルが嫌そうな顔になるのも当然のことだった。
塔の中に入ると、一階には何もない。
魔女がいた頃はここには食料などの荷物が置かれていたはずだ。
食料や生活品を届けるのは三十年ほどは騎士の役目だった。
戦争中、戦後で食料だけでなくいろんなものが不足していた。
途中で奪われることなく確実に魔女に届けられるようにと、
騎士たちが届けてくれていた。
それが結界を張ったことで他国から攻めてこられる心配がなくなって、
生活が豊かになっていくと騎士じゃなくても安心して届けられるようになった。
だが、荷物を届けに来る騎士も商人も、入って来れるのはここまでだ。
螺旋階段が壁沿いについていて、そこから二階に上がれるようになっている。
石で作られている塔は頑丈で、二百年以上たっていてもしっかりしていた。
一歩ずつ階段をあがっていくと、二階の部屋に着く。
奥に炊事場などがあるが、区切られているためここからは見えない。
…何もない。ここに置かれていたはずの寝台もなかった。
魔女がいなくなって、すべて撤去されたのかもしれない。
「…塔の中ってこんな感じなのか。」
「俺は本を読んでだいたいのことは知ってたけど、
実際に見ると…こんな何もないところに閉じ込められていたのか。」
二階には窓がついているけれど、小さい上に開かない。
ただ外を見ることができるだけ。外に手を出すことさえできない。
すぐ近くの木に小鳥が止まっても、見るだけだったことを思い出す。
「ここで一人で暮らし続けるのか。魔力を奪われながら…。」
「さすがにキツイな…。」
クリスとカイルが魔女の生活を想像し、同情している。
それにどう答えていいかわからず、部屋の中央に立つ。
「…このあたりに魔石を置いて。木箱に入ったままでいいわ。」
カイルが運んでくれた魔石を部屋の真ん中に置いてもらう。
この塔のどこに置いていても変わりはないのだが、
なんとく中央に魔力があったほうが結界が安定する気がした。
「ここでしなきゃいけないことは、これで終わり?」
「うん。ここはこれでいい。」
「じゃあ、馬車に戻ろう。」
また同じように階段を降り、外に出て塔の入り口を閉める。
こうしておけばもし万が一ココディアの騎士に見つかっても中には入れない。
外から直接攻撃を受けてしまえば崩れるかもしれないけれど、
ユーギニスの騎士に見つかる可能性を考えたら普通はそんなことをしないだろう。
「よし、戻ろう。」
今度はカイルに抱き上げられ、クリスの道案内で馬車へと戻る。
馬車に戻ると待っていたウェイとフェルがほっとした顔になる。
「何か異常はあったか?」
「いいえ、ありませんでした。」
「よし、じゃあ、認識阻害は解除する。
次の場所に行こう。」
次の塔へは半日もかからずに着くはず。
馬車に乗ると緊張していたのか、身体の力が抜けた。
くったりしていると、カイルに抱きかかえられたまま座る。
「疲れたか?少しこのまま休んでいろ。」
「うん。」
この後の進む方向だけ指示をして、目を閉じた。
身体がだるくて動きたくない。
あの塔には誰がいたんだっけ。
思い出そうとしたけれど、もう顔も声も思い出せなかった。




