134
食事の後片付けを終えて馬車に乗ると、
すぐにカイルに抱きかかえられ膝の上に横抱きにされた。
その上、クリスが私に薄い毛布をかけてくれる。
これは眠れってことかな。まだ夜になったばかりだと思うけど。
「ソフィアはできる限り休んだほうがいい。
お腹いっぱいになったから眠くなっただろう?」
「このまま寝るの?カイルはどうするの?」
「途中でクリスと交代して寝るから心配しなくていい。」
「俺が夜中に交代する。だから、姫さんはそのままおとなしく寝てくれ。
姫さんを座ったまま寝かせたら、あちこち転がっていってしまう。
そうなったら気になって全員寝るどころじゃなくなるだろ。」
「…転がる…かもしれない。」
王都を過ぎてから道が舗装されていない。
時々、へこんだ所に車輪がひっかるのか、大きく揺れる時がある。
さっきまでも揺れて頭をぶつけないように腰に手をまわされて固定されていた。
「そういうこと。何かあればすぐに起こす。
安心して眠っていい。」
「わかった。おやすみなさい。」
馬車はまだ揺れ続けていたけれど、カイルのひざの上にいるからか、
そこまでひどい揺れは感じない。
お腹もいっぱいだし、カイルの腕の中が暖かくてすぐに眠くなる。
…目を覚ましたら、クリスのひざの上にいた。
カイルから交代したの全然気が付かなかった。
もう明け方らしく、馬車の外は少し明るくなっていた。
クリスは成長しないと言っていたわりに、
こうして簡単に私を抱きかかえられるくらい体格差がある。
クリスは私を抱きかかえたまま寝ているらしく、目を閉じていた。
少し長めのまつげが頬に影を落としていて、整った顔は芸術品のように見える。
寝ているクリスを見るのはめずらしくてじっと眺めていると、
あまりにも見すぎたのか起きてしまった。
「…あ、起きたのか。」
「うん、寝にくいよね?私も普通に椅子に座ろうか?」
「まだいい。どうせ起きたって馬車に乗り続けるだけだ。
もう少し寝ておけよ。こんな生活を数日していたら疲れてしまう。
姫さんが倒れたらまずいんだ。休める時に休んでおけ。」
「…そうだね。もう少し休む。」
たしかに私が疲れて使い物にならなくなったら困る。
結界の乙女の塔は四か所。
だけど、その中の三か所は魔力を吸い上げ結界を張る基点になるだけのもの。
一番奥にある塔で発動しなければどの塔も動かない。
最後の塔で魔術式をくみ上げて起動させなければ、何も起こらないのだ。
最後の塔には師匠がいた。
魔女になったとしても、魔術を使えるようになるとは限らない。
魔女の家に来る少女たちはほとんどが孤児だった。
教会で魔力検査をされ、魔力があるとわかれば引き取られてくる。
平民で魔力があるのはめずらしく、国に保護されることになる。
住む場所だけじゃなく食事が保障されるという意味では良い場所だった。
戦争が続いた時代、満足では無くても毎日食事ができる場所は限られていた。
魔女になれるのは、女性になる前の少女だけ。
女性としての生殖機能を魔力を生み出す力に変えるからだ。
だから魔女は結婚しない。子どもも産まない。いや、産めない。
それでも餓死して死ぬことに比べたら、悩むようなことでは無かったはずだ。
私が魔女の家に入ったのは十歳の時だった。
早くにお母様は亡くなっていて、お父様が戦死して一人になった。
私は貴族だったし、両親が亡くなったとしても、
どこか他の貴族家に引き取られることだってできた。
だけど、国のために戦ったお父様の意志を引き継ごうと、
幼馴染の第一王子を助けようと、自分で魔女の家に行くことを選んだ。
伯爵家に生まれ、副騎士団長だったお父様に似た私は、
令嬢としてはめずらしいほど魔力を持っていた。
魔女になる前から、魔女になった後の平民の少女よりも魔力があった。
魔女になる儀式を受けた後は、誰よりも魔力が豊富な魔女になり、
師匠の跡を継いで魔女の儀式を執り行うことができるようにと魔術の指導を受けた。
戦争が激しくなり、国王が結界の乙女を実行することを決めたのは、
私が魔女の家に入って三年目の冬のことだった。
春になり、ミレッカー領にあるアーレンスとの境にある塔に入った時、
私は十三歳になっていた。
あぁ、馬車が進む先に塔があるのがわかる。
懐かしい気配を感じる。もう誰もそこにはいないはずなのに。
亡くなった魔女たちは塔のすぐ近くに埋葬されたと聞いた。
懐かしいと感じるのはそのせいなのか、師匠の魔術式の残滓を感じるからか。
朝日が昇り、辺りが明るくなって、馬車の中に光が差し込む。
向かい側に座るカイルは腕組みをして眠っているし、
クリスも目を閉じて眠っているように見える。
私は目を閉じても眠れず、暖かい腕の中でクリスの心臓の音を聞きながら、
違う時代に引っ張られているような気がして心がざわついていた。




