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ココディアとの国境に向かって走り出してから数時間が過ぎた。
馬車から見える景色は王都の街並みから、何も無い平原へと変わっていた。
ユーギニスの領土は王都を中心に平地が広がっている。
それが他国に近くなるにつれて高度が高くなり、国境付近は山地になる。
チュルニアは国境付近が山地なだけでチュルニアの王都も平地だ。
満足とは言えないだろうが耕作する土地もないわけではない。
だが、ココディアは領土のほとんどが山地で、
おもな産業は魔石などの鉱石になる。
自国で食料をまかなえないために鉱石を輸出して穀物などを輸入している。
今までそれでやってきたのに、ココディアが開戦を急いだのには理由がある。
魔石が生み出されたのは今から四十年ほど前。
それまでは鉱石だけで細々と貿易していた国が、
どこからも欲しがる魔石を作り出したのだ。
ココディアは魔石の材料になる鉱石を掘り出すために、移民を大量に受け入れた。
その移民たちの分まで食料が必要になることは考えずに。
今では魔石はココディア以外の国でも作り出せるようになった。
ユーギニスには鉱山がないため、他国に頼らざるを得ないが、
ココディア以外の国から輸入することができるようになっている。
足りない食料は魔石を輸出することで他国から購入すればいいと考えていたココディアだが、
魔石の値段が落ちてしまったことと、予想よりも移民が増えすぎてしまったこと、
それにより慢性の食料不足に陥ってしまっている。
ユーギニスからの食料は売れるだけ売っているし、
絶対に開戦しなければ国民が飢えて死ぬというわけではないのだが、
安定して耕作できる土地を求める気持ちはわからないでもない。
もちろん、それにつきあう気も無いし、
開戦することは絶対に避けるためにこうして国境に向かっている。
王都から出てしばらくは何を見てもめずらしくて、
馬車から見えるものすべてクリスとカイルに聞いたりしていた。
王都出身ではないカイルが他領を知っているのはわかっていたが、
クリスも学園に入る前は王都と領地を行き来していたらしく、
二人ともいろんなことを知っていた。
私は王都から出るのは初めてだし、馬車での遠出も初めてだ。
だから出発してからしばらくははしゃいでいたけれど、
夕方になって辺りが薄暗くなり始めた頃から口数は減っていく。
夕闇が迫ってくるのと同時に、心に少しずつ不安が増えていった。
明後日の昼前には一つ目の塔に着くだろう。
…どうやって見つけたのか、聞かれるかな。
いや、もう考えるのはやめよう。
隣にいるカイルも目の前にいるクリスも、私が考え事している間は黙っている。
気をつかってくれているんだろうな。
「そろそろ一度休憩にしよう。」
「うん。」
「夜はそのまま走り続けてかまわないんだな?」
「うん。できる限り早く結界を張りたいの。
ウェイとフェルは大変だと思うけど…。」
「オイゲンが推薦するくらいだから根性あるやつらだろう。
交代で休むだろうし、数日間無理するくらいなら大丈夫だよ。」
「そっか。」
夜になって街道のすぐ横にある休憩地に馬車を止める。
宿場もあるが、今回は泊まらずに進むことにしている。
途中何回かは休憩や補給で止まることにはなるが、できるだけ急ぎたい。
馬車を下りた先で固まった身体を伸ばしていると、
どこかに行っていたウェイとフェルが戻ってきた。
手には大きな魚を数匹抱えている。
まだ生きているようで動いているけれど、二人は平気な顔をしている。
ずいぶんと野性味あふれた騎士のようだ。
「それ、どうしたの?」
「ここ近くに小さな湖があるんですけど、魚がいたんです。
今から食事を用意しますが携帯食だけじゃ味気ないですからね。
すぐに焼きます。少しお待ちください。」
「え!今、捕まえてきたの!すごい!」
「糸と釣り針はいつも持ち歩いているので。慣れれば簡単です。」
いなかった時間はそれほどでもないのに、人数分の魚を釣ってきたらしい。
驚いてみているとウェイが魚の腹を割いて内臓を取り出す。
フェルがそれを魔術で出した水で洗い綺麗にしている。
あっという間に薪に火をつけて木に刺した魚を焼き始めた。
それを見たクリスが感心したように二人に話しかける。
「手慣れているな。近衛騎士はいつもこんなことしてるのか?」
「いえ、騎士団ではさすがにしません。」
「私たちの出身は貧しい領地でしたから、魚や獣を獲るのは慣れているんです。
穀物は満足に育たないので、よく捕まえに行っていました。」
「あぁ、そっか。ハンベル領だったわね。」
冷害が続いたせいで何年も税が納められず、王家に返上された土地。
王領になって数年でエドガー叔父様が賜り、ハンベル公爵領となったけれど。
冷害が起きやすいのは今も変わらず、
どうにかして育つ作物はないかと試行錯誤しているところだ。
「ソフィア様のおかげで領民たちが飢えなくてすむようになったと、
父が喜んでいました。」




