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「向こうの兵に囲まれたら、私たちは転移して逃げる。
…ルリは転移できないもの。
状況によってはルリを連れて強制転移できないかもしれない。
その場合はルリを置き去りにしてでも私たちは逃げなければいけなくなる。
…私にルリを見殺しにするようなことをさせないで?」
「…ソフィア様…そんな…。」
シュンとなってしまったルリには悪いが、今回は連れていけない。
人が多くなれば、その分逃げるのも難しくなる。
自分の身を守れるものでなければ連れて行く気はなかった。
「魔石の準備はどうする?
どのくらい必要なんだ?」
「少なくとも木箱で二つは必要になると思うけど…。
デイビット、馬車に載せられるだけ魔石を積んでくれる?
魔石が多いほど、長期間結界を維持できるから。」
「わかりました。馬車と魔石をすぐに用意します。」
各自、仕事に取り掛かり始め、謁見室から出て行く。
そんななか、ダグラスが渋い顔をして近づいてきた。
「ソフィア様、本当に大丈夫なのか?
俺は転移できるし、自分の身も守れる。俺も護衛としてついていこうか?
いや、クリス様とカイル様がいればいいとは思うが、
さすがに人数が少なすぎないか?」
「ダグラス。その気持ちはうれしいけれど、
ダグラスにはやってほしいことがあるの。」
「やってほしいこと?」
「私の代わりに国王代理としてこの王宮を守って。」
「は?俺が?」
「だって、私がいない。王配候補のクリスとカイルもいない。
そうなったら、ダグラスに任せるしかないじゃない。
身分で言ったらエディに任せるのがいいんだろうけど…。」
「うわぁ。僕は無理だよ!ダグラス先輩に任せるよ!」
言った瞬間、聞こえていたのか少し離れていた場所にいるエディが叫ぶ。
隣にいるアルノーも必死でうなずいている。
…いや、うん。エディには無理だってわかってるよ?
「ほらね?エディにはまだ少し難しいみたい。
王太子の仕事もやっと覚えたところだし、国王の仕事はわからないだろうし。
ダグラスに一任するから、国王代理の仕事をお願い。
緊急のものだけ決裁しておいてくれればいい。
私の不在が知られたら、この計画も見つかってしまうかもしれない。
だから、私の代わりに国王代理になってくれる?」
国王代理の仕事が滞ったら、お祖父様の不在だけでなく、
私の不在も知られてしまうかもしれない。
どこにいるのか探されたら、邪魔される可能性が高くなる。
だから、ダグラスには私の代わりをしてほしかった。
まぁ、産まれたばかりの息子ルーカスのためにも、
ダグラスを危険な目にあわせたくないっていう気持ちもあるけど。
「…そういうことならわかった。仕事はなんとかしておく。
絶対に無事に帰って来いよ。」
「もちろんよ。すぐに帰ってくるわ。
あと…念のため、王宮の警備を強化しておいてほしいの。
お祖父様を狙ってくるものがいるかもしれないわ。」
「わかった。」
「エディとアルノーも。ダグラスの仕事を手伝ってね。
私たちがいない間の王宮を任せたわよ?」
「うん、わかった。ソフィア姉様、気を付けてね。」
「ソフィア様、ダグラス様とエディ様の護衛はお任せください。
お早いお戻りをお待ちしております。」
これで留守中の王宮も大丈夫だろう。
あとは私たちが無事に戻ってくるのみ。
…具体的な計画を誰も聞いてこなかった。
説明するのは難しいと思っていたが、聞かれることなく進んでいる。
結界の乙女の塔。
その場所は地図に載っていない。
当時の記憶しかないが、近づけばわかるはずだ。
…転生しても、この魂には魔女の契約の痕が残っている。
仲間の魔女たちが最期を迎えた場所。
そこを目指して、私たちが馬車を出したのは昼前になった頃だった。
準備された馬車の横にはオイゲンと、見たことのない青年が二人立っていた。
「この二人をお連れください。
近衛騎士の中でも一二を争う手練れで、馬の扱いにも長けています。」
「ウェイです。」「フェルです。」
同じような栗色の髪に、ウェイは緑色の瞳、フェルは紫の瞳だった。
どちらも鍛えているのか体つきはしっかりしている。
日に焼けているのは、王宮でも野外の警備にあたっているものなのかもしれない。
ウェイは髪を伸ばしていて後ろで一つに結んでいる。
逆にフェイは短く刈り上げていて、二人の印象は違うが顔立ちが似ている。
「二人は元ハンベル子爵家の長男と次男です。
近衛騎士になった後で子爵家は領地と爵位を返上しまして…。
そのせいで有能なのに本宮に配属できません。」
冷害が続いたせいで領地と爵位を返上した子爵家の令息たち。
たしかに後ろ盾がない状態では本宮の護衛には配属できない。
かといって、有能な部下をやめさせることもできなかったのだろう。
「……この任務を無事に終えて戻ってきたら、
私が後ろ盾になって正式に本宮配属に変えるつもりです。
近衛騎士長が個人的に優遇することはできません。
ですが…ソフィア様をお守りするという任務を果たせれば、
その褒賞として本宮に推薦することもできます。」
「そう。オイゲンがそれだけ薦めるのなら有能なのでしょう。
ウェイ、フェル、危ない状況になったら私たちは転移して逃げます。
だから、あなたたちは自分の身を守ることを考えて。」
「「はっ!」」
オイゲンからも説明は受けているのだろう。
真剣な顔でうなずいた二人に、御者を任せる。
目立たないように見送りはオイゲンだけにしてもらい、馬車を出してもらった。




