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朝食も取らず、身支度だけして謁見室に向かう。
早朝から人が動いている気配がしていた。
私が指示をしたらすぐに動けるように、早朝なのに皆がそろっている。
広い謁見室、王座に向かって皆が整列している。
私が王座に座ると、右側にクリスが、左側にカイルが立つ。
婚姻まで半年を切っていることもあり、
私が国王代理になった時点で二人は王配と同じ扱いを受けている。
ダグラスは王配候補ではあるが、婚姻する時期が未定という立場のため、
執務室長やデイビットと並び前列に立っていた。
ゆっくりと息をはいて、心を落ち着ける。
大丈夫。クリスとカイルは私から離れていったりしない。
この国を守るって決めたんだから、もう迷わない。
「おはよう。まだ朝は早いけれど、すぐに実行に移りたいの。
ココディアとの開戦を避けます。」
私の発言に皆が驚いて、気配がざわつく。
それでも誰も声は上げない。私の次の発言を静かに待っている。
「ココディアとつながっているのは二つの街道。
そこを封じてしまえばココディアから攻めてこられることは無い。
返事をしなければいけない期限は一週間後。
その前に封じてしまうわ。」
「姫さん、どうやって封じるんだ?
兵を派遣して封じたら、向こうはそれを排除しようとしてくる。
その時点でぶつからないか?」
「兵は派遣しないわ。ミレッカーの騎士団も送らない。
…私が行きます。」
「「は?」」
これしか手はなかった。兵や騎士団に街道を封鎖させても、
そこにココディアの軍が来てしまえば戦うことになる。
だからこそ…私が行くのだ。
「結界を張ります。街道に結界を張るのではなく、
街道を中心に国境に沿って結界の長い壁を作り上げる。
ココディア側から兵が一人も入って来られない状況にするの。」
「…可能なのか?いや、できるから言ってるんだよな?」
「もちろんよ。」
「いや、待ってください。
可能なのはソフィア様が言うのならそうなのでしょうけど、
ソフィア様が行くのは危なくないですか!?」
思わずといった感じでデイビットが発言すると、
それに同調するように何人かがうなずく。
「他の者が行くのではダメなのですか?」
「…多分、ソフィアじゃないと無理なんだろう。
俺はそんな大規模な結界の張り方を知らない。
クリスも知らないんじゃないか?」
「…知らないな。多分、知っていたとしても発動できるかどうか…。
魔力量が足りなくなる気がする。
姫さんだからできる、だから自分で行くって言ったんじゃないのか?」
「そうよ。他の者では無理なの。
…結界の乙女を使うわ。」
「は?結界の乙女?ダメだ!それだけは許さない!」
「姫さん、どういうことだ?」
結界の乙女を詳しく知っているのはカイル。
クリスもカイルから聞いてわかっているだろうから、
私がそれをするのは許さないという雰囲気になる。
「二人とも安心して。私が犠牲になるわけじゃない。
魔女の代わりに魔石を使うの。」
「あぁ、そういうこと。」
「そうか。その頃は魔石がなかったんだった。
今なら魔石で代用できるのか…それなら。」
カイルとクリスは結界の乙女を知っているから理解が早いが、
他の者たちはわからない。
結界の乙女は魔女の魔力を利用して結界を張っていたが、
今なら魔女の代わりに魔石を使うことで結界を張ることができる。
簡単に結界の乙女のことを説明すると、皆も危険が少ないことに安心する。
ただ、近衛騎士長のオイゲンだけは最後まで心配していた。
「国境近くに行けば、ココディアの騎士が潜伏している可能性があります。
近衛騎士を護衛でつかせましょう。」
「ダメよ。近衛騎士を連れていけば、それだけ時間がかかるし、
集団で動けば目立つことになる。
ココディアとの国境には結界の乙女の塔が四か所あるの。
全部をまわる前に見つかるとダメなのよ。
クリスとカイルを連れて行くから大丈夫よ。」
「……それでも…馬車で行くのであれば、御者として二名だけでもお連れください。
馬の扱いに長けていて、剣も使える騎士を選びますので…。
もし何かのことがあれば、その二名が足止めいたします。
ソフィア様にはなんとしても無事に戻って来ていただかなければなりません。
これだけは何卒お許しください。」
「…そうね。確かに御者は必要ね。
わかった。私たちを守る必要はないから、
自分の身を守れるもの二名を選んで準備させてくれる?
私たちの準備が終わり次第出発するわ。
行くのに二日、塔をまわるのに一日半、戻ってくるのに二日。
何も無ければ一週間以内に戻ってこれるわ。」
「かしこまりました。急ぎ準備させます。」
礼をしてオイゲンが謁見室から出て行く。
これから騎士団に行って二名を選び準備を始めるのだろう。
私たちも準備を始めなければ。
「リサ、ユナ、ルリ、私の旅の準備をしてくれる?
クリスとカイルは自分で準備する?」
「待ってください!ソフィア様、私も連れて行ってください。」
予想していなかったが、ルリが手を上げて主張している。
馬車で強行することになる旅にルリを?
「旅の間、ソフィア様をお世話するものが必要です!
せめて私だけでも連れて行ってください!」
…その気持ちはありがたいけれど。
「ダメよ。ルリは連れて行かないわ。」
「ソフィア様!?」
「向こうの兵に囲まれたら、私たちは転移して逃げる。
…ルリは転移できないもの。
状況によってはルリを連れて強制転移できないかもしれない。
その場合はルリを置き去りにしてでも私たちは逃げなければいけなくなる。
…私にルリを見殺しにするようなことをさせないで?」
「…ソフィア様…そんな…。」




