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「陛下は智と武を兼ね備えた王子でした。
それでも、十五歳で国王になった時、周りは敵ばかりでした。
私は当時は十三歳のただの侍従で…何も手助けできなかった。
医師の知識もなく、そばで見ているだけでした。」
「そういえばレンキン先生、侍従長だった。
最初から医師じゃなかったのね。」
「…必死だったのですよ。陛下を助けたくて。
禁書になっていた医術書を見せてくれるように医師たちに頼み込んで。
私が医師として診れるようになったあと、少しずつ弟子を増やしました。
王宮に医師と薬師が常勤するようになったのは、
ここ三十年ほどのことです。」
「そうだったんだ…。」
レンキン先生の指導のもと、医師や薬師の知識を得たものたちは、
一人前になると自分の領地へと帰っていく。
平民で優秀なものを幼いころから教育し、学園へと通わせ王宮に弟子入りさせる。
その費用は領主がまかなうことになっている。
将来、領地に戻って来て診察してもらうために投資する。
当たり前のように受け止めていたが、レンキン先生が作り上げたものだったのか。
「…そして、また同じように医術を学んだ弟子が増えましてね。」
「え?」
「クリス様が、姫様の診察ができるようになりたいと。」
「クリスが?私の?」
そんなことは聞いていなかった。
ずっとレンキン先生が私の診察をしていたのに、クリスが私の診察を?
どうしてと思ったのが顔に出たのか、レンキン先生はお祖父様を見た。
「…こういう状況を予想していたのでしょう。
私は陛下の医師です。
もちろん姫様も大事ですが、
陛下の命がかかっている状況で離れることはできません。」
「それはそうだわ。
私だって、お祖父様を優先してほしいと思うもの。」
「だからです。
クリス様は、私の代わりにいつでもなれるようにと。
教えて欲しいとお願いされてから、もう三年近くなるでしょうか…。」
「…そうなんだ。知らなかった。」
「姫様には言わないで欲しいと言われていましたから。
ですが、こうなってしまえば私は陛下のそばを離れません。
定期健診もクリス様に任せることになります。」
「クリスが私の医師になるのね。わかったわ。」
驚きはしたけれど、レンキン先生にはお祖父様を診ていて欲しい。
早く元気になってほしいし、万が一のことがあったら嫌だから。
クリスが診察できるのであれば信頼しているし問題ない。
話はこれで終わりかと思ったら、両肩に手を置かれ、
レンキン先生が私に言い聞かせるようにゆっくりと話す。
「…いいですか、決して無理をしてはいけません。
これから国王代理として姫様が忙しくなるのはわかっています。
それでも、お一人で無理をすることのないようにお願いします。
こんなふうに姫様まで倒れてしまったら、この国は終わります。」
「…レンキン先生?」
「忘れないでください。あなたにはクリス様とカイル様がいます。
一人で抱え込まないでください。
何があっても、抱え込んでいるのがどんなに大変なことでも、
あの二人なら受け止めて同じように苦しんでくれるでしょう。
一緒に苦しんでほしくないなんて言わないでくださいね?
愛するものが苦しんでいる時に、何もできないことこそが苦しみなのですから。」
その真剣なまなざしに、うなずくことしかできなかった。
抱え込んでいることがどんなに大変なことでも。
同じように苦しんでくれる?
クリスとカイルに伝える…そんな日が来るのだろうか。
その答えを持たないまま、眠れぬ夜を過ごした朝。
窓を開けたら、寒さの中に春の匂いがした。
「ソフィア様、アーレンス国の国王から書簡が届きました。」
「アーレンス国から?」
それはアーレンス国国王になったカイルの兄、クラウス国王からの書簡だった。
ユーギニス国に戻る前にアーレンスの価値観を壊したいと言っていたが、
あれから一年音沙汰がなかった。
アーレンス国として独立して、もうすぐ二年がたとうとしている。
…どうなっているのだろうか。
書簡には簡潔にユーギニスに戻るための話し合いがしたいと、
お祖父様への謁見の申し込みが書かれていた。
お祖父様が倒れてから、私が国王代理として動いているが、
他国に知られると危険だとこのことは公表していない。
そのため、クラウス国王には私が会うことは知らせず、
話し合いを承諾する旨だけを書いて送り届けた。
アーレンス国ではまだ雪が深いこの時期、
王宮へと来たクラウス国王は、また馬で来たのか数人の護衛だけを連れていた。
前回会った時は長男のヘルマン王子につきそっていた印象のクラウス。
少しやせた感じだが、やつれたというよりは引き締まったように見える。
こんなに堂々とした人だっただろうか。
「お久しぶりね、クラウス国王。
あの時はヘルマン王子とばかり話していたから、
クラウス国王と話すのは初めてかもしれないけれど。」
「お久しぶりです。ソフィア王太子様。」
「あぁ、今は一時的に国王代理なの。
だから、話し合いは陛下ではなく、私がすることになるわ。
それでもいいかしら?」
「ええ、かまいません。
私は今の時点ではアーレンス国王ではありますが、
これからユーギニス国の一員に戻りたいと懇願する立場です。
ソフィア様が国王代理ではなく、王太子の立場であってもかまいませんでした。」
「そう?それなら、このまま話を続けるわね。
アーレンスはユーギニスにもう一度併合されるということでいいの?」
「はい、お願いいたします。」
「条件は以前に渡した通りだけど、それでかまわない?」
「そのことですが、一部の変更をお願いできないでしょうか?」




