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「お祖父様、あっさりと許可だしてくれたね。」
「そりゃそうだろ。
姫さんの近くにいる男は全員調べられていた。
ダグラスなら問題ないって知ってるからだろう。」
「まぁ、エマのことを欠点と扱うかどうかは、
陛下次第だっただろうけどね。」
「ん?どういうこと?」
「ほら。ダグラスには夫として役目を求めないって言っただろう。
あれが夫の役目も求めるとなると、
問題があったかもしれないってことだよ。
ソフィアが産む子は次の国王になるかもしれないだろう?
その国王と腹違いの兄弟になるわけだから。
厳しく審査される可能性だってあったんだよ。」
「……そっか。異母兄弟になるんだ。
もし私がダグラスと子どもを作ろうとしていたら、
そういう障害があったんだ。」
私がダグラスと子を作ると決めたとしたら、
エマの産む子は厳しく審査されていたかもしれない。
今の状況でも血のつながりはなくても義理の兄弟になるかもしれない以上、
エマの子は成人するまで王宮内で育てられることになる。
その後は侯爵家を継ぐために領地にいくことになるだろうけど。
そういうことも考えなきゃいけなかったんだと、
あらためて考えが足りなかったなぁと思う。
「ん?何か気になることでもあるのか?」
「カイル、何かしたのか?」
「いや、わかんないけど。ソフィアがチラチラ見てくる。
俺だけ何か疑われているような目で見られてないか?」
「なんだろうな。まぁ、二人で話しなよ。
俺はもう眠いから、部屋に戻るよ。」
「あ、ちょっと。」
ちょっと気になったことがあってカイルを見ていただけなのに、
すぐに気が付かれた。
クリスは関係ないだろうと思って見てなかったけど、それもわかるんだ。
どれだけ私は顔に出ているんだろうと思う。
「で、どうした?」
「…うう。」
「何か気になるから俺だけ見てたんだろう?」
ひょいと抱きかかえられて寝室まで連れて行かれる。
もう寝る時間だから連れて行かれるのはいいんだけど、二人きりで聞くのも気まずい。
クリスには聞いちゃダメだけど、カイルに聞くのもいいのかなぁ。
「ほら、言ってみな?」
「…怒らない?」
「…うーん。わかった。怒らない。何が気になるんだ?」
「…カイルも閨教育ってしたの?」
「は?」
「だって、知ってるってことは受けたから知ってるんじゃないの?
私が知らなくても、二人は知ってるみたいだったもん!」
ダグラスが閨教育の話をしている時、わからないのは私だけだった。
私の閨に関する知識は下級使用人が話していた会話から得たもので、
具体的にどういう教育をするのかはよくわかっていない。
クリスの話は以前に少しだけ聞いている。
閨教育を受けられなくて当主候補から外されたと。
だから、クリスには聞いちゃいけないことなんだと思う。
じゃあ、カイルはどうなんだろう。受けたことあるのかな。
そしたら、もしかしたら、カイルにも子どもがいたりするんだろうか。
「あーうん。そうだな。受けたことはある。」
「…やっぱりそうなんだ。」
「学園を卒業してすぐ、訓練で影の下についた時に連れて行かれたんだ。
高級娼館に…俺とクリスが。」
「え?二人とも?」
「クリスはどうしたのか聞いてないけど…
仕事だって言われて連れていかれた先が娼館だった。
そこで、女を抱いてこいと言われて…。」
「……。」
ううう。やっぱりそういうことあったんだ。
どうしよう。カイルに子どもがいるって言われたら。
カイルが私よりも自分の子どもを優先しちゃうかもしれない。
その時…カイルの子どもを大事にしてって言えるかな…。
エマとダグラスを祝福するみたいに幸せにって言えるのかな…。
「おい…ソフィア。誤解するなよ。
俺は何もしてないぞ。」
「え?…何もしてない?」
「いや、女性がいる部屋に押し込まれて、抱いてこいって言われて、
やっと仕事じゃなく閨教育で娼館に連れてこられたんだって気が付いた。
仕方ないから、その部屋にいた女性に謝って帰ろうとしたんだ。
馬鹿正直に、好きな女性以外とそういうことをする気はないと言って。
そしたら女性に怒られたんだ。お前は馬鹿なのかと。」
「えええ?」
「閨教育のために来たのなら、抱かなくていいから覚えて帰れと。
本当に好きな人ができた時に後悔するぞと言われた。
お前は初めて抱くことで満足するかもしれないが、
失敗した時に傷つくのは相手の女性の身体なんだと。
…そう言われたらそうかと思い、素直にやり方を教えてもらった。」
「…やり方?」
「…その娼館には男娼もいて、二人に教えてもらって…帰った。」
「…だんしょう…?」
なんだか想像できなくなってきた。
閨教育をしないと傷つくのは女性で、だからカイルは教えてもらって帰ってきた?
何もしてないって言ってたのはなんだったのだろう。
「何もしてないって言った。教えてもらったのに?」
「あぁ、うん。どういえばいいのかな。
エマとダグラスのようなことはしてないと言えばいいか?
話を聞いて、見ただけで帰ってきたんだ。」
「カイルに…子どもはいない?」
「あぁ、それが気になってたのか。いないよ。大丈夫。」
やっとわかったという風にカイルに笑われ、くしゃりと頭を撫でられた。
そっか。カイルに子どもはいないんだ…よかった。
「本当なら閨教育で子どもを身ごもるようなことはないんだがな。」
「え?そうなの?」
「できないように薬を飲んだりするもんなんだ。
だけど、ダグラスは言ってただろ?
閨教育じゃなくて恋人になったって。
子どもができたのはそのせいだろうな……。
閨教育とは別に隠れて会っていたんだろう。」
「恋人なら子どもができるんだ。」
結局どうしたら子どもができるのかはわからないままだ。
恋人になれば閨教育じゃなくても子どもができる?
いちいち首をかしげていたからか、カイルには呆れられてしまったようだ。
「……ソフィアへの閨教育は卒業したら本格的にするから。」
「卒業したら?あと半年?」
「ああ、卒業前はソフィアに負担が大きいからって止められている。」
「誰に?」
「レンキン医師だよ。ソフィアの成長が遅れているのが気になるんだろう。
そろそろ大丈夫だろうとは言ってたけどね。」
幼いころ虐待されていたせいで身体の成長は遅かった。
それでもかなり大きくなったけれど、身体は小柄なままだ。
…そろそろ大丈夫ってことは、これ以上大きくならないのかな。
「早く大人になりたいなぁ。」
「……頼むから、もうちょっと待って。俺の心の準備が…。」
「んん?私じゃなくてカイルの?」
「あぁ、卒業するの楽しみにしているから、まだこのままでいいよ。」
「ふうん。」
抱え込まれるように横抱きにされ、背中をぽんぽんとされると眠くなる。
もう少しでまぶたが開かなくなりそうと思ったら、頬と額にくちづけされた。
あたたかくて気持ちいい…。
「まだ知らないままでいい。…俺が耐えられなくなりそうだから。」
何のことだろうと思ったけれど、眠くてそのまま意識を手放した。




