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「良かった。エマ、もういいんだよ。
ダグラスの手を取っても大丈夫。受けいれてもいいんだよ。」
話の流れについていけていないのか、理解できていないのか、
エマだけが呆然としている。
これから母子だけで生きていく、
ダグラスとは離れなければいけないと思っていた。
そんな覚悟を決めていたのを覆させるのは悪いと思うけど、
あきらめて幸せになってくれないかな。
目の前で必死になってエマを説得しようとしているダグラスのためにも。
「エマ、もう一度言うよ。
俺の妻になってほしい。俺はエマも子どもも大事なんだ。
…俺一人の手では守れなかったのが悔しいけれど、愛している。
俺と一緒に生きていってくれないだろうか?」
「…ダグラス様。いいのですか…本当に?」
本当に手を取っていいのか、私のほうを見て確認してくるエマに、
思わず苦笑いしてしまう。
さっきあんなに脅しちゃったから安心できないのかも。
「安心して大丈夫だよ。
話したように、ダグラスは王配になるけれど、妻はエマ一人だけだよ。
夜会とかは王配として出席することになるけれど、それは形だけ。
夫として役目を果たしてもらうことはないから。
…もういいんだよ、我慢しなくても。」
「…ありがとうございます。
ダグラス様…こんなわたくしでよければ…おそばにいさせてください。」
「っ!ああ!よかった…エマ、ずっとそばにいてくれ。」
「はい。」
「ふふ。うまくいって良かった。二人ともこれからもよろしくね。」
さっきまで悲壮な顔をしていた二人が手を取り合って笑っている。
エマはぽろぽろと涙をこぼしているけれど、うれし涙だからかとても綺麗だ。
頬を伝う涙をダグラスが優しくぬぐってあげている。
…落ち着くまで、もう少し時間が必要かな。
「二人が落ち着いたらさっそく準備しなきゃね。」
「クレメント侯爵家に連絡は?」
「大丈夫。ルリに行ってもらってる。」
「あぁ、だから今日いないのか…いつから決めてたんだ?」
「報告書を読んだ時からかな。でも、ちゃんと会ってから決めようと思ってた。
大事な友人のことだからね。変な女性だったら困る。
エマがダグラスをどう思っているのかもわからなかったし。
エマと二人で話をしてみて、エマなら大丈夫だって思えた。」
「そっか。そういう意味で二人で話したかったのか。」
「うまくいって良かった~。
これで王配候補決まったし、もう探さなくていいね。」
「あぁ、そうだな。」
アルノーも断ってしまっていたし、どうしようかと思っていた。
最終的には奥さんに先立たれているレンキン先生にお願いして、
名前を貸してもらえないかとまで思っていたが、
ダグラスならお祖父様も周りも認めてくれるだろうし安心だ。
学園を卒業する前に決まりそうでほっとした。
私が悩んでいたのを知っていたのか、
クリスとカイルがお疲れさんと頭を撫でてくれた。
大きな仕事を片付けられた気がして気持ちが軽くなる。
「……一番ほっとしたのはカイルだろうな。」
「ん?クリス、何か言った?」
「いや、なんでもない。
ほら、ダグラスとエマが落ち着いたようだし、準備しよう。
テイラー侯爵家にも説明しなきゃいけないんだろう?」
「あぁ、そうだった。急がないと。」
二人が落ち着いた後、先にエマをクレメント侯爵家に送り届けた。
テイラー侯爵家にエマを連れて行って、家令たちに非難されるのを恐れたためだ。
クレメント侯爵家に着くと、ルリが前侯爵夫人と出迎えてくれた。
前侯爵夫人はお祖父様の専属侍女でお父様たちの乳母もつとめていた。
今は専属侍女を引退し、侯爵家で後輩の指導にあたってもらっている。
さすがに妊婦を引き受けるのは初めてのようだが、
前侯爵夫人は働きながら四人の子どもを産んで育てた経験を持っている。
エマのことも体調をみながら指導してもらるはずだ。
ダグラスはエマと離れるのはさみしそうだったが、
また学園の休みに顔を出すと約束をして別れた。
心配していたタイラー侯爵家だが、屋敷に着いたら侯爵夫妻が待ち構えていた。
やはり家令から報告が行っていたらしい。
私たちの行動があと数日遅かったら間に合わなかったかもしれない。
渋い顔をして出迎えた侯爵だったが、私の王配になることを説明すると、
一転してエマのことも認めてくれた。
どうやら侯爵としてはダグラスが私の王配に選ばれるのではないかと思い、
学園の卒業までは婚約者を作らないつもりだったそうだ。
どうりで優秀なダグラスに婚約者がいなかったわけだ。
学園の入学時からずっと学友としてそばにいさせたわけだから、
侯爵としては王配に選ばれると考えていてもおかしくはない。
私たちの間は友人であって、そんなつもりはなかったのだけど、
周りからどう思われるかなんて考えもしなかった。
もしかしてエマのことがなかったとしたら、
卒業して離れた時にダグラスに不名誉な噂が流れていたかもしれない。
三年もそばに置いていたのに王配にならなかったのは、
ダグラスに何か欠点があるに違いないと。
結果としてすべてうまくいったから良かったものの、
やっぱり私は王族としてまだまだ考えが足りないと反省した。




