115
「さて、話しは終わったんだけど、私の提案を聞いてくれる?」
「提案?どういうこと?」
「ねぇ、ダグラス。
このままこの家で二人だけで生活していけると思う?」
「え?」
「二週間ここにいて、生活するの大変じゃなかった?
お茶を買いに行く余裕が無かったのは、
エマを一人にできないからでしょう?」
「それは…確かにそうだよ。
この家にエマが一人でいる時に、
家令に連れ出されたらと思うと外出するのも難しくて。」
「でも、二人で外出するのも難しいわよね?
目立ってしまえば侯爵家に見つかる可能性が高くなるし、
エマのお腹が大きくなれば外出そのものが難しくなる。
それに、産むときはどうする気なの?
おそらく王都内の医院には先に手が回っていると思うわよ。」
「そんな…。」
ダグラスは産むときのことまで考えていなかったのか絶句している。
王都内の医院や産婆は限られている。
侯爵家の力があれば、そのすべてに手を回すことだって可能だ。
エマの緑色の目はどう見ても貴族の血筋だとわかる。
それが平民しか行かないような医院では目立ってしまうことになる。
一度でも医院に行けば、侯爵家に情報がいくと思っていたほうがいい。
「エマを、子どもを安全に産ませたいんだ。なんとかならないだろうか。」
さすがに自分の力だけでは無理だと思ったのか、
やっとダグラスから私の力を貸して欲しいと言ってもらえた。
「だから、提案って言ったのよ。エマは私が預かるわ。」
「ソフィア様が預かるって、どういうこと?
まさか王宮にいさせるわけじゃないだろう?」
「私が個人的な理由でエマを匿うことはできないわ。」
「それはそうだよ。だったら、預かるなんて無理なんじゃないのか?」
確かに個人的な理由で匿うことはできない。
だけど、個人的な理由じゃなければ預かることはできる。
「ねぇ、エマ。私の専属侍女にならない?」
「「え?」」
その言葉が意外だったのか、ダグラスだけじゃなくエマもぽかんとした顔になっている。
エマは私がダグラスを連れ帰るために話をしているんだと思っていたはずだ。
それがなぜかエマが専属侍女という話になって、
いったいどういうことなんだと思っているだろう。
エマは自分が身を引いて領地に逃げれば何とかなると思っている。
ダグラスから離れれば侯爵家とは関係なくなる、
一人で子どもを産んで育てていけばいい、そう考えている。
だけど、そううまくはいかない。
エマを伯爵領の教会に行かせるわけにいかない理由もあった。
「ねぇ、エマはわかっていると思うけど、
そのお腹の中の子を守るのは難しいの。
ダグラスはエマを妾にして、
子どもだけでも実子として引き取ろうと思っているみたい。
でもね、それって危険なことよね。
ダグラスの妻になる人から見たら、邪魔な子だもの。
もしその子が家を継ぐようなことになったら、嫁いできた意味がなくなるよね。
妻になる令嬢の生家だって、そんなことは許せない。
娘や娘の子を蔑ろにされるようなこと、許すはずがないのよ。」
「…それはわかっています。」
そうだよね。
だから侯爵家に頼らずに伯爵家の領地に行こうとしているんだもの。
だけど、それだけじゃ甘いんだよね。
「もし…あなたが身を引いたとしても、ダメなのよ。」
「え?」
「あなたの子が産まれてしまったら、いつ名乗り出されるかわからない。
いつ侯爵家の争いの種になるかわからないのよ。
…家令が侯爵家に忠実なのだとしたら、
どんなことをしても見つけ出され、殺されてしまうでしょう。」
「そんな…。」
エマは驚いて、ダグラスを見る。
ダグラスはその可能性に気づいて、青ざめたまま頷いた。
侯爵家に忠実な家令。だからこそ、ダグラスは逃げるしかなかったのだと思う。
家令が言っていることのほうが貴族として正しいと知っているから、
ダグラスが次期侯爵だとしても家令を説得できなかったのだ。
「どこに逃げても無理よ。必ず見つかると思ったほうがいいわ。
その時、あなたの力で子どもを守り切れると思う?」




