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「でも、それならどうしてここに?
侯爵家から逃げているのよね?」
「それが…エマが身ごもったことを知った家令が、
エマを連れだして子どもを流す医術をさせようとしたんだ。」
「え?」
子どもを流す医術?
平民の間でそういう医術があるのは知っているけれど、
女性の身体に負担がかかる危険なものではなかっただろうか。
貴族の中でもこっそり受ける者がいるというのも知っているが、
家令が判断して勝手に受けさせようとしたのか…。
「エマを説得しようとしているところを見つけて、
慌てて止めたために無事だったのだが…。
どうしてそんな真似をしたのか聞けば、
家令はエマは侯爵夫人にふさわしくないと。
一度離縁しているし、俺よりも四歳上だし、ピエルネ伯爵家の力も無いと。」
「…そういう条件だけ並べられてしまうとつらいわね。」
「そんなエマに子どもを産ませるわけにはいかないと。
家令の言っていることもわかる。
俺の婚姻相手は侯爵家のどこかから探してくるべきなんだ。
そうでなければ、相手もつらい思いをする。
理解はしているが、それでも納得はできなかった。
エマのお腹の中にいるのは俺の子なんだ。
殺したくはない。だからエマを連れだして、ここに逃げてきた。」
ダグラスのテイラー家は侯爵家の中でも力を持っている名家だ。
三代前に王女が降嫁したこともあり、王家の血筋でもある。
その家に嫁ぐからには血筋、品格、教養、覚悟、多くのことを求められる。
釣り合わない結婚をして、困るのはエマのほうだ。
テイラー家の分家とはいえ、ピエルネ伯爵家に王家の血は流れていない。
目立つ特産品もない、平凡な伯爵家では重荷になるだろう。
「子を殺されないように逃げたのはわかったけど、
この先どうするつもりでいるの?ずっと逃げ続けるの?」
「…とりあえず、領地にいる両親に連絡をしたいと思っている。
まだ何も連絡できていないが、できるなら説得したい。
ただ…手紙を出すにも人を使うにもここが見つかってしまう危険があって。
エマのお腹にいる子が無事に産まれるまでは安心できない。
俺が離れたら、その隙に家の者たちに連れ出されてしまいそうなんだ。」
あぁ、家令はまだあきらめていないんだ。
エマが一人でいたら勝手に連れて行かれる危険があるほど。
「ここに隠れていたのはそういう理由だったの。
産まれるまで一緒にって、それじゃあ学園はどうするの?」
「学園は留年するしかないな。
…幸い、俺は王宮に勤めるわけじゃない。
一年くらい遅れて卒業しても問題ない。」
領地を継ぐダグラスが留年したところで影響は少ない。
一年遅れて卒業しても、継ぐのが一年遅れるだけだ。
私たちと一緒に卒業はできなくなるけれど…。
エマと子を守るためには仕方ないことかもしれない。
ダグラスにはもう覚悟ができているんだろう。
「子が産まれるまで…そのあとはどうするの?」
「…エマは妾の立場になってしまうかもしれないけど、
産まれる子どもは俺の子としてちゃんと迎えたい。
両親は頑張って説得する。
きっと孫が産まれたら認めてくれると思うから。
俺以外に継ぐ者はいないし、あきらめてくれるだろう。」
たしかにそれが限界かもしれない。
正式な妻にはできなくても、子が産まれたら認めてくれるはず。
エマは子どもの母として侯爵家に残れるかもしれない。
おそらくダグラスは他に妻を娶ることになるだろうし、
そのことでつらい思いをするかもしれないけれど。
…ダグラスの考えはわかった。
「ねぇ、エマと話をしてもいい?
少しだけ二人で話してみたいのだけど。」
「エマと?…何を話すんだ?」
「ここで少し話すだけよ。女性同士の話し合い。
身体のこととか心配だし、ダグラスには言いにくいこともあるかもしれない。」
「…わかった。ちょっと待ってて。」
奥の部屋にいるエマを呼んできてくれるのか、ダグラスが立ち上がる。
そのまま扉を開けて向こうに行くのを確認してから、
クリスが小声で私に話しかけてくる。
「…何を話すんだよ。
身ごもっている女性の身体についてなんて姫さんよくわからないだろう?」
「ん?エマの気持ちも確認しようと思って。」
「エマの気持ち?」
「さっきダグラスも言ってたでしょう?
エマは侯爵夫人にふさわしくないと言われたって。
ダグラスが言うには、エマは優秀で控えめなんでしょう?
そんな人がこの状況に耐えられるのかな。」
「…本当に優秀で控えめな性格なら、自分のせいだって責めてそうだな。」
「ね?それに恋人と言ってたけど、それだって身分が違うのよ。
ダグラスに好きだって言われたら断れないわ。
…本当に一緒にいたいのか、ダグラスには悪いけど確認しなきゃ。」
「はぁぁ…そういうことか。
確かにダグラスが初恋で舞い上がっていて、
周りが見えていない可能性もあるよな。」
クリスがため息をついたら、ダグラスがエマを連れて戻ってきた。
少しだけ顔色が悪い。具合が悪いんだろうか。




