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「だけど、嫁いでから三年たっても子ができなかった。
結婚する時に契約していたそうなんだ。
三年たっても子が産まれない時は離縁すると。
ただし離縁したとしても支度金の返済は求めない。
離縁するとポネット家が決めた時にはおとなしく従うようにと。」
「そう…子どもが産まれなかったから離縁させられたの。」
それはお気の毒にとしか言いようがない。
一人息子の妻として嫁いだのだから、子が産まれなくては困る。
そのために子だくさんのピエルネ家に支度金を渡してまで嫁がせたのだから。
離縁される側は可哀そうだと思うが、貴族というのはそういうものだと思う。
結婚は家を存続させるためにするものだから。
だけど…エマは。
「…ああ。それでポネット家からは追いだされたけれど、
ピエルネ家も金銭的に余裕がない。
それでエマは去年からうちの侍女になったんだ。」
「それで、どうしてエマが身ごもるようなことに?」
じれったくなって、はっきり聞いてしまった。
ここにダグラスとエマがいるのは、きっとそれが原因だと思うから。
さっき挨拶した時には身ごもっているようには見えなかった。
報告では五か月目になる頃だと。
まだお腹が目立つ時期ではないのかもしれない。
私にはっきり聞かれると思わなかったのか、ダグラスは目に見えて動揺した。
真っ赤な顔で口をパクパクさせているのに話そうとしない。
そして、なぜかクリスとカイルに助けを求めるような目で見る。
クリスとカイルはダグラスに対して、なぜか同情するような顔で答えた。
「ダグラス…姫さんははっきり言わないとわからない。
好きなように説明していい。」
「…そうだな。話してもわからなければ、後で説明しておくから。
ダグラスが話しやすいように説明してくれ。」
…なんでだろう。私がものわかりが悪いみたいに言われている。
そりゃダグラスのほうが知識が豊富だと思うけど。
私だってそれなりに頑張って勉強しているのに。
「…ソフィア様、閨教育についてどこまで知ってる?」
「え?ねや、きょういく?」
閨教育って、あれだよね。子どもをつくるために受ける教育?
カイルと一緒に寝る時にするようなことだよね。
あれ以上のことがあるとは言われたけど、まだちょっとしか知らない。
どう答えていいか困っていると、ダグラスが大きくため息をついた。
「うん、閨教育について簡単に説明するね。
閨教育が子どもをつくるためにする教育っていうのはわかるよね?
俺は侯爵家の一人息子だろう?
妻を娶った時に失敗しないように、結婚前に閨について学ぶわけ。
でも、娼館とかは信用できないから、
こういう時は貴族の未亡人とかに教えてくれるようにお願いするんだ。」
「娼館が信用できないって?」
「あとから子ができたから責任取れとかね。
本当の子じゃなくても、それなりに面倒見なきゃいけなくなるだろう?
だから口が堅くて、身持ちもかたい、信用できる人にお願いするんだ。
練習として何度か閨を共にしてくれるように。
…俺の閨教育の相手はエマだった。」
「あぁ、そういうことなんだ。
エマは閨教育の相手だったんだね。」
どうしてエマがダグラスの子を身ごもっているのか、それが知りたかった。
ダグラスに恋人がいるという話も婚約話があるとも聞いていない。
それが急に子どもがいるということになって、どうしてなんだろうと思っていた。
閨教育の練習相手でも子ができることがあるんだ。
「…いや、閨教育の相手だからというわけじゃないな。
俺はエマが侍女として侯爵家に来た時から気になっていたんだ。
他の侍女と違ってうるさくないし、化粧もほとんどしてないし。
そのうち、他の侍女たちに嫌味を言われても笑顔で返していたり、
誰も見ていないところでもさぼらずに仕事をしているところを見て、
真面目で一生懸命な人だって思ってた。
そのうち話すようになると好きな本が一緒だったりして。
閨教育の相手だって知って、申し訳ないとは思ったけどうれしかった。」
「申し訳ない?」
「エマは優しいんだ。
最初の結婚の時も本当は女官になりたかったのに、
多額の支度金があれば家が助かると思って受けたんだ。
その当時まだ下に弟妹が三人もいるから、
学園に通う費用が払えないかもしれなかったそうなんだ。
それにうちの侍女になっても、俺の閨の相手を引き受けるかどうかは別だ。
だけど、侍女として引き取ってくれた俺の両親に頼まれて、
恩があると思って断れなかったんだと思う…。
だから…申し訳ないと思った。」
「そっか…ダグラスはエマが好きなんだ。」
「ああ。気がついたら好きになっていた。
だから、閨教育の練習相手じゃなく、恋人になっていた。」
少しだけ照れながら、それでも堂々と話すダグラスに、
それだけエマは誇れるような相手なのだと思った。
エマを好きだと言って何も恥ずかしくない。
ダグラスにそう思わせるエマと話してみたいと思った。
「でも、それならどうしてここに?
侯爵家から逃げているのよね?」




