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過保護な監視人さんとの生活も二週間が過ぎていた。
洗濯しに行けばずぶぬれになって帰ってくるし、
水汲みに行けば途中で見知らぬ使用人に突き飛ばされる。
ちょっと廊下を歩いているだけで絡まれるし、
食事は半分くらいの確率で届かないし、届いても腐っている。
今までと違っていろんな場所に行っているし、
何かあれば言い返したりもしている。
わざとそういう目に遭いそうな行動をしているのだから当然なのだけど、
圧倒的に危ない目に遭うことが増えていた。
今まで以上に危険な目に遭っているのに、
私に被害が起きそうになると回避するような魔術を感じる。
証拠を集めればいいのだから、私自身の被害は関係ないけれど、
過保護な監視人さんの心配過ぎは予想外だった。
嫌がらせで怪我をしたり、洗濯であかぎれになったりしても、
朝起きたら傷一つない身体になっていた。
近くに来た気配はないのに治癒まで使える監視人さんが有能すぎて、
これにはさすがに驚いた。
こんなに魔術を使いこなせる人は前世でもそんなにはいなかった。
これほど有能なのに影で王宮に仕えているのには理由があるのだろうか。
今日もお礼を言うと控えめにコツンと音がした。
何人か監視の人の気配はあるけれど、過保護なのは一人。
何度も魔術をかけられるから、その人の気配は特別にわかるようになっていた。
籠に入れられて届く食事は、少しずつ量が増えていった。
内容もお菓子というよりは食事に近いものに変わっていった。
回数も増えて、しだいに一日に三度届くようになった。
眠れずにいる夜はホットミルクが置かれていたこともあった。
まだやせっぽっちなことには変わらないが、
食事量は普通の子どもの半分くらい食べられるようになったと思う。
今までまともに食べていなかったから、急には元に戻らない。
きっとこの生活を抜け出した後も数年は影響が出るだろうと思う。
イライザと叔父様たちと会うのは月に一度の食事会がある時だけだ。
次に会う時には何か仕掛けて証拠を示したいと思っていたが、
その前に女官長をどうにかしたかった。
どうやったら女官長自身を引っ張り出せるか考え、この西宮から外に出ることにした。
お祖父様に私の行動を制限されたことは無い。
王女である私は本来は本宮に住むはずで、
その本宮にある図書室に行くこと自体は問題ない。
本来ならば、だけど。
女官長は私がお祖父様の近くに寄るのを避けたいようだった。
ならば本宮でうろついていることがわかれば気になるだろう。
教育係が三日で来なくなったために、私は字が読めないことになっている。
誰も教えていないのだからそう思われるのも当然。
字が読めない私が図書室に行こうとしたら、誰かしら止めに来る。
だけど、私の行動を制限できる使用人はいるだろうか。
人目に付かないこの西宮と違って、本宮には人が多い。
大っぴらに私を付き飛ばしたりすることはできないはずだし、
顔が知られている本宮で王女に命令できる者はいない。
だからこそ、何かあれば女官長が出てくるはずだ。
監視人さんが届けてくれた小さなパンケーキを食べ、
月に一度しか着ない謁見用のドレスに着替える。
準備ができたら天井に向かって今日の予定を告げる。
監視しやすいように、証拠を残しやすいように、
ここ数日はその日の予定をあらかじめ教えることにしていた。
「今日は本宮の図書室に向かいます。
女官長かそれに近い人に会えたらいいと思うけど、
危なくなったら助けを呼ぶわ。よろしくね。」
コツンと返事が来たのを聞いて、部屋から出る。
私が謁見でもないのに本宮に向かっていることに気が付いた使用人が、
血相を変えてどこかに走っていく。
この連絡が女官長にいけばうまくいくはず。
ゆっくりと図書室へと向かう。
図書室は謁見室よりも向こう側にある。
子どもの足で歩いていけば十数分はかかる。
早く来てくれないかなと思いながら歩いたが、なかなか出てきてくれない。
とうとう図書室についてしまったため、仕方なく中に入った。
思ったよりも広い図書室だった。
各領地の資料や歴史書だけでなく、魔術書までおさめられている。
これは見ごたえありそうだ。
…もし、今日何もおきなかったとしたら、毎日来てみようか。
通うようになれば邪魔しに来るものが必ずいるだろう。
近くにあった本を手に取ってみると、子ども向けの絵本だった。
女神さまの話だった。教会で読み聞かせするための物だろうか。
この時代の宗教はどうなっているのかと開いて読んでいたら、
ひょいとその本が取り上げられる。
「え?」
本をとりあげたのはイライザだった。
なぜこんなところにイライザが?
お祖父様の食事会も無いのに、どうしてイライザが王宮にいるんだろう。
そう思ったのも一瞬で、パシッと頬を叩かれる。
イライザも子どもではあるが、体格が違いすぎる。
栄養失調で成長が遅れている私の身体では耐えきれずに床へと倒れた。
「なんであんたがこんなところにいるのよ!
字も読めないくせに生意気なのよ!」




