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一度セリーヌともしっかり話をしてみたくて、
呼び出したのはクロエの一件から十日ほど過ぎた午後だった。
クロエはディビットに頼まれた資料を探しに図書室へと行っている。
セリーヌと話が終わるまでに戻ってくることは無いだろう。
「セリーヌは女官の仕事をどう思っている?」
「…そうですね。とてもやりがいのある仕事だと思っております。
王妃様と王太子妃様がいらっしゃらないために、
女官たちは個人の裁量で動くことが多いです。
そのため、忙しいとも言えますが、責任ある大事な仕事だと考えています。」
王妃も王太子妃もいない。その代わりにお祖父様が仕事をしてきた。
だが、すべてを代わるというわけにはいかない。
お祖父様は国王と王太子の仕事まで一人でこなしてきたのだから。
そのため、女官たちは一人一人担当の仕事を与えられ、
個人の裁量で動いてきた。
その仕事の結果を報告書にまとめ、女官長に報告する。
女官長が報告された内容をまとめ、お祖父様に報告する。
お祖父様がその報告で気になったことがあれば、
女官長から女官へと伝えることになっている。
「何か問題点があると思う?」
「…あると思います。
担当ごとに動きますので、他の女官の仕事がわかりません。
女官室にいても、仕事中なのか休憩中なのかすら見分けがつきません。
仕事をさぼっていても、他の担当をしている女官からはわからないのです。」
「それはクロエに仕事を押し付けていた女官たちのこと?」
「…はい。そうです。
…私はクロエが仕事を押し付けられていることに気が付きませんでした。
クロエが報告書を書いていても、クロエの仕事をしているのだと思っていました。
誰がどの仕事を担当しているのかはわかりません。
ですので、クロエにも担当の仕事ができたのだと思っていたのです。」
「あぁ、そうなんだ。誰がどの仕事を担当しているかわからないのね。」
デイビットを見ると、そうですねと頷いた。
「文官の仕事も同じです。
たとえば、王太子室付きの文官であっても、
誰がどの仕事をしているのかは公表していません。
すべてを把握しているのは長だけです。
王太子室であれば、把握しているのは私とソフィア様だけです。」
「そういえばそうね。文官の仕事だってそうだもの。
女官の仕事も同じなら、どうして女官の仕事だけ問題があるの?」
「…おそらく、女官のほうが仕事の分担分けが細かいからでしょうか。
文官は一人で仕事をこなすことはしません。必ず同じ仕事を数人で担当します。
休みだったり、突然辞めることもありえます。
その時にその仕事のことを他の者が誰も知らないのでは困ります。」
「それは女官もそうなのにね。」
「…女官は数名で仕事をすると揉めると言われたことがあります。」
「誰が言ったの、それ。」
「前女官長ですね…そういえば。」
前女官長が変えたことだったのか…。
仕事の分担を細かくして、他からわかりにくくする。
それはもしかして…。
「…それって、女官たちを都合のいいように動かしていても、
他からバレないようにするためだったんじゃない?」
「でしょうね。…すみません、私も今気が付きました。」
「ううん、いい。私も気が付いてなかった。」
考えてみたらわかることだった。
本宮に住まなければいけない私を西宮に移動させたことも、
前女官長の言うことを聞く者だけを使用人としたのも、
誰にも咎められないような状況にしてからでなければできないことだ。
少しずつ女官の仕組みを変え、仕事内容が他から見えないようにし、
私をハズレ姫にするために準備をしていたということか。
「…仕組みを変えなきゃダメね。というか、文官と同じようにしましょう。」
「それが良さそうですね。」
私とデイビットがそう結論づけると、セリーヌはホッとした顔になった。
ミランがセリーヌを推薦したのもわかる気がした。
「ねぇ、セリーヌ。クロエに清書を頼んだのは、本当に自分の字が汚かったから?
クロエが仕事をしていないことに気が付いたんじゃないの?」
「…おっしゃる通りです。
クロエがいつ会っても女官室の掃除をしているのが気になって。
どの仕事を担当しているのか聞いてみたら、何も担当をしていないと。
クロエが申し訳なさそうに言うのを聞いて、
これ以上クロエに何か言ってもどうすることもできないのだと思いました。
女官の先輩たちに気に入られていないのは知っていたので、
意地悪されているのかもしれないと思いました。」
「女官長に報告することは考えなかった?」
「…何か問題を起こしたら辞めなければいけないと話していたので。
たとえクロエが悪くなくても、
騒ぎになったらクロエは辞めさせられてしまうと思いました。」
「あぁ、クロエの家のことをセリーヌも知っているのね?」
「…はい。」




