104(カイル)
護衛待機室に戻ると、クリスはソファでくつろいでいた。
めずらしく片手には酒が入ったグラスを持っている。
俺が向かい側のソファに座ると、何も言っていないのに酒が入ったグラスを渡される。
…まぁ、気持ちはわかる。
さすがに今日は飲まないとやってられないよな。
普段は護衛もあるし、酒を飲むことは無い。
俺もクリスも酒は強いけれど、だからこそ飲んでもたいして面白くない。
今日は影が三人ともついているし、酔っても大丈夫か。
リサとユナも侍女待機室にいるようだし。
「姫さんは?おとなしく寝たか?」
「ああ。説教されたせいか、丸くなって寝てる。
リサとユナにまで説教されてたからな。
あれだけ叱られたらへこんだだろう。」
「…反省はしないだろうけどなぁ。」
クリスが呆れたように言うのを聞いて、俺も同意する。
「あれは、反省のしようがないだろうな。
完全に無意識で動いてたと思う。
ソフィアも驚いた顔してたし、身代わりになろうとしたわけじゃないだろう。
そんなことしたらまずいのはわかっていただろうし。」
「…自分のことのように感じたのかもしれないな。
やっぱりああいう場に連れて行くのはまずかったか。」
「そうだな…。
少し考えが甘かったな。」
「なぁ、カイルはなんで反対しなかったんだ?」
たしかにああいう場にソフィアを連れて行くのはまずいと思ってた。
女官相手だし、西宮だし、昔のことを思い出すかもしれないと。
だけど…。
「セリーヌが一人で王太子室に来た時、ソフィアは震えていた。
ミランは大丈夫だったのに、やっぱり女官に対して恐怖が薄れてないんだって。
だけど、セリーヌがクロエを連れてもう一度王太子室に来た時、
ソフィアの震えが止まったんだ。」
「クロエの存在が怖いものというよりは庇護対象だったからだな。
怯えているクロエは怖くなかったんだろう。
それに、クロエを心配しているセリーヌも怖くなかったのかもしれないな。」
あの女官長のせいでソフィアは女官服を見ただけで震えていた。
ソフィアは気づいていなかったけれど、無意識に避けている。
だから、俺たちはずっとソフィアを女官と会わせないようにしていた。
今まではそれで問題なかったけれど…。
「…このままソフィアが女王になるためには、
いずれ女官と仕事をしなければいけなくなる。
ずっとデイビットに代わりをさせるわけにはいかない。
セリーヌとクロエが平気になれば、他の女官も大丈夫になるかもしれない。
そう思ったんだけど、まさかあんなことになるとは思ってなかった。」
「あー確かにな。」
俺のすぐ近くにいたはずのソフィアが転移し、クロエの前に飛んだ。
直後に女官の一人に頬を叩かれるまで俺は何もできなかった。
あの時、図書室でイザベラに叩かれた時も見ているのがつらかったけれど、
それとは比較にならないほどつらく感じた。
頬が赤くなったソフィアを見て、頭に血が上っていた。
クリスが治癒したからといって、受けた痛みは無かったことにならない。
まさか、また女官から暴力を受けさせることになるとは…。
思わず、ため息が出る。
強めの酒を飲んでいるはずなのに、ちっとも酔わない。
「そう自分を追い込むなよ。今回のは仕方ない。
姫さんはもう二度と危険な場には連れて行かない。
カイルもそう思っただろう?」
「ああ。
だけど、もしあんな場に居合わせることになったら。
またソフィアは同じことをするかもしれない。
次はどんな手を使ってでも守らなきゃな…。
ソフィアが転移したら自動的に俺も転移するような術をかけておくか、
ソフィアの周りに結界を張るように設定しておくか…。」
ソフィアを守ろうと思ったら、今ある魔術では対応できない。
そもそも転移を使える魔術師は少ない。
その上、転移した先についていく魔術なんてものは存在しない。
ライン先生に相談したら生みだせるだろうか。
「…姫さんが約束を守るとは思ってないんだな。」
「守ってくれるとは思う。
だけど、それでも万が一のことがあるかもしれない。
今回は女官の平手打ちだから被害が少なかった。
だが、あれが剣だったら。
もっと大きな男に殴られるところだったら。
ソフィアを失うかもしれない。
…俺は、そんなことは許せない。」
あれだけ説教したらソフィアだって少しはおとなしくなるだろう。
だが、あれは完全に無意識で転移していた。
本人が故意にやったことではないのであれば、約束を守れないかもしれない。
「…確かにそうか。俺もつきあうよ。新しい魔術考えよう。」
「あぁ、頼んだ。」
まずは明日クロエから話を聞いて、今後のことを決めなくてはいけない。
女官三人の処罰をどうするか、女官たちをどう配置するか。
「あーもう。酔えそうにないな。」
「あきらめて寝たほうが良さそうだ。」
「夢に見そうで嫌なんだよ。」
「…確かにな。」




