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翌日から王太子室付きになったクロエは前日以上に緊張していた。
まさか自分が王太子室付きになるとは思っていなかったらしい。
突然の異動指示にミランは驚いていたようだが、
クロエは担当している仕事がないために影響が少ないことと、
字が綺麗だからデイビットの助手として採用すると伝えると納得していた。
そのうちセリーヌも王太子室付きにするとは思うが、
今はクロエから少し離したほうがいいとデイビットは考えていた。
クロエに自信がついて、一人で仕事ができるようになったら、
セリーヌも王太子室付きにするということで話は決まった。
私と直接仕事をするわけではないが、
デイビットの助手として王太子室に出入りすることになる。
最初は簡単な資料整理から始まったが、すぐに難しい調べ物をするようになり、
報告書を区分して私に持ってくるようになった。
様子を見ながら一週間働いてもらったが、予想よりも仕事を覚えるのが早かった。
会話するとまだ落ち着きがなくおどおどしているが、
仕事をしている最中は問題がないように見える。
上司になったデイビットもそのことを喜んでいるようだ。
「思った以上によくできた部下です。
おかげで仕事がはかどります。」
「そうね…私もそう思う。
何も問題なさそうなのに、どうして担当から外れていたのかしら。」
「その辺は女官長も気になって調べていたようです。
どうやら最初の指導係が悪かったみたいですね。」
「指導係?」
「ええ、女官として採用したあと、先輩の女官が指導係としてつきます。
仕事の説明や報告書の書き方などを教えるのですが、
クロエについた指導係はほとんど教えることなく放置していたようです。
教えられていないので、女官室の掃除などをしていたと。
そのため仕事ができないと判断され、雑務だけしていたようです。」
「最初の指導係のせいだったのね。
どうして指導係はそんなことしたのかしら?」
「…あの色と態度が気に入らなかったらしいです。」
「はぁぁ。」
ため息しか出ない。髪色で判断できることは確かに多い。
王族の色である銀髪や高位貴族の色である金髪を見れば、
そのものがだいたいどのくらいの身分なのかわかる。
だが、そうではないものだっている。
色だけですべてを判断できるとは言い切れない。
色で差別するものがいることは知っていたが、
女官の仕事でまでそんなことをしているとは…。
「その先輩女官は今もいるの?」
「その後、すぐにやめたそうです。
前女官長とつながりがあったことがわかり、
本人は罪はおかしていなかったのですが、
評判が悪くなって居づらくなったのでしょう。」
「あぁ、そうなんだ。あの女官長のお友達なのね。」
あの女官長とつながりがある女官ならば納得する。
罪をおかしていないとはいうが、クロエにしたことはどうなんだろう。
あの手のあざ、腫れた頬。
女官たちの中で暴力が根付いているのだとしたら、
あの女官長の影響がまだ続いているのかもしれない。
この一週間でクロエが他の女官たちから何かされているという報告はない。
異動したことに気が付いているのかどうかもわからない。
クロエが担当している仕事がないために、いなくても目立たないからだ。
「今のところクロエに近づいてきているものはいないようです。
どうします?監視はまだ続けますか?」
「うーん。そうだね。
…もう少しだけ監視してくれる?
報告書の件で関わってる三人が気になるのよね。
このまま何も無ければ放っておいてもいいかもしれないけど。」
「わかりました。」
監視からの緊急報告がされたのは、それから一週間後だった。
本宮の私室でくつろいでいると、天井からイルが降りてきた。
「え!?」
「ソフィア様、驚かせて申し訳ありません。
監視していたものから連絡が入りました。
クロエという女官が数名の女官に呼び出されて連れて行かれたそうです。」
「クロエが!?」
「場所はどこだ?」
すぐにカイルが立ち上がり、王宮内の地図を見ながら場所を確認する。
その間にクリスが廊下にいる近衛騎士たちに指示を伝える。
近衛騎士を引き連れて移動したら、さすがに気が付かれてしまう。
だから、何かあった時にはクリスとカイルだけを連れて行くと決めてあった。
そのため、私室内から転移していなくなっても騒がないようにと伝える。
「すぐに行きましょう。」
「姫さん、わかっていると思うが、決定的な場面になるまで姿は見せないで。」
「……うん。」
決定的な場面…それってクロエが暴力を受けるのを待つってことだよね…。
それまで助けに入らずに見ているだけ…。
そうしなきゃいけない理由はわかっているんだけど…。
「ソフィアだって、同じことしただろう?」
「わかってるんだけど…ひどい目に遭うかもしれないのに。」
「…それ、ソフィアが言う?」
「…ううう。わかった。できるかぎり我慢する。」
「よし、行こう。」




