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「クロエのことは知っているよ。
俺たちが学園の三年の時の一年だったから。」
「え?あぁ、そういえばそうだね。」
今年二十八歳になるクリスとカイルは、
二十六歳になるクロエとは学園で一年重なっている。
それでもクリスが他の学年のクロエを知っているというのは意外だった。
三年と一年では授業時間が違うためにすれ違うことも無いはずなのに。
「…バランド伯爵家は縁戚なんだ。だから少しは事情を知っている。
あの家は問題があって、うちとしては関係を見直そうかという話になっていた。
クロエの色を見ただろう。あの色では普通に考えたら貴族には見えない。
それで浮気を疑われたようなんだ。」
「え?」
クロエも?だからクリスは気まずそうなのか、カイルをちらりと見た。
カイルの家を思い出すような話をして申し訳ないと思っているのだろう。
そんなクリスに、カイルは気にしなくていいと話を促した。
「調べた結果、魔力量が平民とは思えないほど多かったことで、
一応は夫人にかけられた疑いは晴れた。
だが、伯爵はクロエのことが気に入らなかったらしい。
養子をとって伯爵家を継がせることにしたと。」
「クロエがいるのに、わざわざ養子を?」
「養子といっても形だけね。伯爵の実子なんだよ。
愛人が産んだ息子を引き取ったらしい。
愛人も元子爵家の令嬢だったから、産まれた息子は茶髪だが紫目だったらしい。」
「そうだったんだ…。」
クロエの自信なさげな態度は親から認められなかったからだろうか。
養子になった異母弟は紫目で貴族としての色を持っている。
だから父親が自分ではなく異母弟を養子にして継ぐことにした。
それは自分が見捨てられたように感じたかもしれない。
「まぁ、縁戚だからというのもあるが、クロエを知ってたのは他の理由もある。
ライン先生から聞いたんだが、入学試験の結果クロエが次席だったんだよ。
今年の一学年は魔力量が多くて指導するのが楽しみだって、
めずらしく先生がうれしそうだったから覚えているんだ。」
「そうなの?クロエが次席なの?」
女官になるくらいだからクロエも優秀なのはわかっていたが、
次席で入学するほど優秀だとは思わなかった。
「ああ、セリーヌが三席だったはずだ。」
「え?セリーヌのほうが下だったの??」
それはかなり意外だ。
セリーヌは優秀なように見えていたし、ミランが褒めるほどなのに。
そのセリーヌよりもクロエのほうが上だとは思ってなかった。
「俺が卒業した後のことはわからないけれど、
女官に採用されるくらいだから優秀に決まっている。
だが、あの態度だと他の女官から嫌がらせをされていそうだな。」
「やっぱり嫌がらせなのかな。担当になってないのって。」
気が付いてしまったからにはなんとかしたい。
だけど、本当に三人から嫌がらせを受けているとは限らない。
証拠が欲しいけれど、そのためにクロエを放置するのも嫌だった。
クリスの話を聞いてますますクロエをどうしようと悩んでいたら、
デイビットが確認するように聞いてくる。
「ソフィア様はクロエを助けたいのですか?」
「うん。知っちゃったからにはほっとけない。
クロエ真面目そうだし、あの報告書も気になる。
多分、あの報告書を書いたのはクロエ自身だと思う。
あれだけ優秀なのに怯えているし、
他の者の仕事を押し付けられているのならなんとかしなきゃ。」
「…なるほど。では、こうしたらいかがですか?
クロエを王太子室付きの女官として異動させましょう。」
「え?クロエをこの部屋に?」
「ええ。セリーヌも一緒に異動させたいところですが、
おそらくセリーヌが一緒だとクロエはあのままでしょう。
守られることに慣れてしまえば、自信がつくことはありません。」
「それはそうかもしれない。セリーヌはクロエが心配だって感じだった。
でも、クロエをこの部屋付きにしてどうするの?」
私たちと文官しかいないこの部屋に女官をつける?
文官の仕事を女官に任せるのは難しいんじゃないだろうか。
「ちょうど資料をまとめるものの手が足りていないんですよね。
文官の数にも限りがありますし、
いずれにしても王妃の仕事をするためには女官をつけなければいけません。
その第一号として、クロエは最適でしょう。
何も担当していないのですからね。仕事に影響がありません。」
「王太子室付きだけど、デイビットの部下にするってこと?
たしかに何も担当していないのなら、すぐに異動できるわね。
…デイビットならクロエを育てられる?」
「あの報告書は見事でした。
セリーヌのも読みましたが、他の三人の報告書も同じくらい素晴らしい。
純粋に部下として欲しいという気持ちもあります。」
最近私の仕事が増えてしまったせいで、デイビットの仕事も増えている。
本来なら女官に任せるような仕事までデイビットにお願いしてしまっている。
人手が足りない、けれど王太子付きの女官を増やすには私の許可がいる。
デイビットにしてみたらこれはいい機会だと思ったのかもしれない。
だけど、デイビットは純粋に部下としてクロエが欲しいと言った。
そういうことなら迷う必要はない。
「わかったわ。クロエを守りたいと思うだけじゃなく、
仕事ができる者はきちんと評価したいの。
デイビットが部下として欲しいというのなら、その理由でミランにお願いするわ。
明日からクロエはこちらで働いてもらいましょう。」
「助かります。」
デイビットがうれしそうに笑って部屋から出て行った。
もしかして、ミランに伝えに行った?こんなにすぐに?
「ようやくデイビットの仕事も減るかな。」
「え?そんなに大変そうだった?」
「デイビット、この二週間家に帰ってないよ。」
「ええ?うそ…そんなに大変だったなんて。早く言ってよ…。」
二週間も東宮に泊まり込みで働いていたとは知らなかった。
よっぽど人手が足りていなかったらしい。
…デイビットのためにも早く信用できる女官を増やさなければいけないらしい。
意気込んでいたらカイルとクリスにため息をつかれる。
「…そうやってソフィアが無理するから何も言わなかったんだよ。」
「そうだよ。姫さんが頑張るからデイビットも頑張るんだ。
まぁ、クロエが来たらデイビットの仕事も減るだろうから。
姫さんはクロエと仲良くすることを頑張ったら?」
「……わかったわ。」




