003.スキル、描画!!!
◇◇◇
もう一時間は歩いた気がする。どこへ向かっているかは分からない。只管に広い平原を進み続けていた。幅二千ミリくらいの均された土の道がアナコンダのように伸びていて、その周囲は草だ。いや、笑っているわけじゃない。読んで字の如く普通に草だ。
「はあ、はあ、し、死ぬ……」
息切れしてきた。何処へ行けばいいか問題は一旦置いておくとして、一つ別の大問題がある。疲労? 違う。空腹? 確かに腹は減ったが違う。
「くっっっっそ暑ィ!!!!」
日本の真夏日くらい暑い。何だこれ、馬鹿じゃないのか?! 俺が死んだのは冬だった。寒かった。そこから急に──体が慣れていないのに真夏に放り込まれてみろ、死ぬぞ。ああやばい、誰か俺に水をくれ。欲を言えばスポーツドリンク。
「そうだ、スキル……!」
異世界という未知の情報の波に揉まれて忘れていたが、女神モイラさんは確か俺にもスキルが覚醒すると言っていたな。よし。ここは異世界転生者らしくチートスキルを目覚めさせて、起死回生と洒落込むか!!
「……スキルって、どうやって使うんだよ」
分かりませんでした。終わった。詰んだ。頓挫した。死んだ。女神様、お会計。
「そもそも何のスキルが使えるんだ?」
歩きながら文句をブツブツ呟く。本能的にストレス解消しようとしているのかもしれない。
「覚醒前の想い入れがどうこうって話だったな」
想い入れってどういう事だろう。もしかして、犬か? 俺は犬派だ。休日は犬の動画を永遠に見ているほどだった。ということはアレか、犬型の魔獣(俺にだけ懐く)を召喚できるとかそういうのか?! そんなことを考えながら、俺はポケットを探った。時間を見ようとスマホを探しているのだ。我ながら現代っ子すぎる。
「あれ? 無い……って、職場のロッカーに入れっぱだったな」
よくよく考えてみれば、俺の今の状態はほぼ仕事中。服装は作業着だし、持ち物は皆無だ。なんだよ、腰に提げてた工具くらい持たせてくれればいいのに。
「ん?」
探っていると、ケツポケットに違和感があった。何かある。スマホ……ではなさそうだ。棒状の何かだと思う。気になって手に取ってみた。
「こいつは……」
触った覚えがあるどころの騒ぎじゃない。中卒で工場に就職して以来、もう五年も六年も触ってきた存在。なんならそれ以前にも日常的に触っていたもの。──油性ペンだ。
「いや、だから何?」
異世界に持ち込めた唯一の物品が油性ペン、しかも黒の極太。何の役に立つんだよ。インキが無くなったり乾いたりしたら終わりじゃねぇか。たけど、だけどなんだか……。
「何だろう、この感覚」
無性にキャップを外したい。いや、溶剤中毒になっているわけじゃない。どうしても外したい。右手で握ったペンに左手を伸ばし、何かに操られるかのように左手でキャップを握り──引っ張った。カパッと音がなり、黒のインキが染み込んだ太いフェルトが露になる。
「こ、これはっ?!」
その瞬間、ペン先が光った。黒なのに光るという理解不能な出来事が起き、その光は俺の頭に無数の情報を送り込んだ。やがて収まったかと思うと、その時にはもう理解していた。存在しないはずの記憶──スキルの使い方をだ。
「俺のスキル──描画」
この油性ペンを使って描いたものを、現実の物体として取り出せる能力。紙や壁などは勿論のこと、空間にさえ描くことが可能。描画の上手さと取り出した物の性能が比例するようだ。おいおい、魔獣は召喚できないが、なかなか使えるスキルなんじゃないか?!
「そうだ、水! 描画を使って水を描けば!」
そう思いつき、目の前の空間に「水」と書いた。やれやれ、これで死なずに済むな。
「……え?」
そう安心できたのは、ほんの一瞬だけだった。ぬか喜びである。
「いやいや、水ってお前」
描画したことによって現れたのは、「水」だ。文字通り……というか、「水」という文字そのものである。うん、確かに描画したものが物体として現れたな。ふざけやがって。
「いいや、諦めるのはまだ早い」
──water……ダメか
──a cap of water……ダメか
──H2O……ダメか
──DHMO……ダメか
ダメでした。どういう描き方をしても、その文字が出てくるだけ。今度こそ詰んだ。何に使うんだよこのスキル、クソが。
絵心ないのに絵を描くスキル。
油性ペンの製造工程がなんかコロコロしてて可愛いので、ぜひ検索して動画を見てみてください。




