4.目覚めたらそこは。
瞑った目の先にほんのり明かりを感じる。
そうだ。懐中電灯が切れていた。確かこの瞬間だけは人生最大の願いは明かりがつくことだったはず。
「ありがとう!貴方は救世主だわ!」
嬉しさのあまり普段だったら絶対にしないようなハグというものを見知らぬ人に向かって行ってしまった。
あれ、私の腕こんなに細かったっけ?え、腕?そもそもハイキング用のシワ加工シャツのはず。
慌てて布団に潜り込んで服装を確認すると木綿っぽい白いワンピース、おそらく寝巻きを着ている。
そっと布団から再度顔を出して今抱きついた人を見る。おそらく、男性だったような。
そこには、金を流し込んだような鮮やかな金髪、肩幅はあるのに細い身体、そして。エメラルドグリーンの切れ長な瞳ははっきりと逸らされ、精悍な頬には赤みが差している。
美丈夫......。本の中か画面の中でしか存在しないだろうと思っていた綺麗な男性が存在していた。
そしてその背後には、サバイバルゲーム好きなのかなって思わせるガッチリした体格の男性数名がまさにサイバイバルゲームそのものの格好をして、ただ銃ではなく、剣を武器として持っている。
男性に囲まれていて、見知らぬ服装をしている私。
「きゃあっ」
と声を上げそうになった私に記憶が語りかけてくる。
『淑女たるもの平静であるべきよ。名誉は守らないと。』
今の何?混乱する私に、本当の救世主が現れた。
「はい、男性は部屋から出ていただけますか。」
御膳を持って入ってきた方は、目の前の美丈夫よりも繊細な美少年、白銀のサラサラ髪を耳の辺りで切り添え、青い深みのある瞳は目つきは鋭くも吸い込まれそうで。何よりベルベットのようなお肌のマット感。
お肌の測定診断機にかければ、間違いなく理想値になりそうな気がする。あの質感再現できるファンデ欲しいなあと思いつつ再度全身を見ると。
ちっちゃな顔、すらりと伸びた背筋、そして細い腰に長い足、今は本格サバイバルゲームな服装に短靴を履いているけれども。
私の中で衝動的なときめきが発生する。
「ニーハイッ。ニーハイブーツ見てみたいです。」
その願いでその方が女性である事に気付いた。
女性の憧れ男役スターさんそのままの様子だったのだ。
「ご安心下さい。着替えさせたのは私ですから。私はサラと申します。何があったかは落ち着いてから聞きますけど。大丈夫ですか。お召しになっていたドレス、かなりのお家の方ですよね。」
男性陣を追い出した後、麗しい瞳を向けてこちらに微笑む。そして、その声は女性にしてはかなり低めの落ち着いたもので、思わずポーッと見惚れてしまって、自分の名前を名乗るのすら忘れてしまう。
そのぼんやり具合をサラは体調のせいかと思ってくれたようで。
「とりあえず、お食事おきますね。」
シンプルな深皿に盛られたシンプルなスープ。具材には濃淡それぞれの青菜と紅白のかぶらしきもの。しっかり煮込まれていて胃に優しそうな柔らかさ。薄味だけれども、ほんのりお出汁っぽい香りが漂った湯気のおかげで、じんわりと素材の味を楽しめた。
ところでここはどこなんだろう。
建物のように思っていたのはがっしりと骨組みされたテントなのか天井も壁も布地が見える。
そして、ちょっとガサガサするかなと思っていたシーツの下は恐らく乾草か藁。よく見るとかなりワイルドな環境。
深く息を吸って落ち着こうとしたとき、先程声を聞いたもう一人の私の記憶がものすごい勢いで蘇る。
そういえば、さっきは服装がワンピースになっていたことに慌ててちゃんと見ていなかったけど。
布団の中を見ると標準日本人体型より若干幼児体型なはずの私の身体は海外モデルさんばりの抜群のスタイルだった。そして、ゆるく結ばれていた髪を解いて覗きみれば、滑らかなプラチナブロンド。
そして、新たに降りた記憶を辿れってまた声を上げそうになるのをエリゼの記憶が留める。
『落ち着きましょう。ここは敵国なのですから。』
私の中に蘇った記憶は昨晩の小説の中の悪役令嬢のエリゼ。その私の中に無数の記憶の引き出しがあって、エリゼとしての知識や記憶が詰まっている感じがして不思議だ。
悪役令嬢への転生、小説界では良くある話だけれども。だけど、転生って悪役令嬢が小さい時とかに入れ替わって処罰されないように生き方を変えるもんだよね。そうなると目覚めたらゴージャスな公爵家なはずで。お食事は紅茶とともに侍女が運んで来てくれるはずで。
でも、私の記憶の中にはっきりと残っている婚約破棄の心の傷。そして、噴火する火山の記憶。
もしかしなくても処罰後⁉︎
やり直すには遅いでしょう。
でも、私エリゼは生きてる。火の中に消えずにここに生きてる。まだ終わってはいないよね。でも、だとしたらここって。火山噴火を避けて飛んだ先。
敵国 グレイトヒルドのアーリーマント村、でも廃屋ではなく、頑丈に張られたテントだ。
そして、サバイバルゲームの服装のような、いや、逆だ。サバイバルゲームが、真似なのだから。本物の軍服?
そして、目を開けた瞬間に見た、あの綺麗な顔の美丈夫から溢れ出していた貴賓。立ち上がって部屋を出て行くだけの短い動作で、周りが自然に頭下げてしまうあの空気感。
子どもの頃からどっぷりと王妃教育に使っていたエリゼが感じる同じ匂い。かなり高位の貴族か。
こんな寂れた村に?
あの侵攻計画は、もしかして終わっておらず。残留している?
だとしたら、エリゼは超重要人物となる。侵攻を邪魔した敵国の貴族。そして、1日にして森に道を作り上げてしまう脅威の魔術師。
でも、私の魔力は。枯渇した魔力は戻すのに時間がかかる。
魔力が回復していない今、敵陣のど真ん中にいるなんて。せっかく生き残っているのに。
私がここにいた訳、私の素性。それは隠せないだろう。あの最高クラスのドレスを着て倒れていたのに、一介の侍女、まして平民なんていう偽りは通用しない。
では、どう接する?
「敵を敵でなくする方策ね。」
エリゼが引いた森の街道。奇襲を防いだり、ならず者の隠れる場所を防いだりするための見通しは確保できたが、逆に正々堂々挙兵するには利便性が高すぎる。
国境警備が破られればすぐに、なんの罪もない村々に到達してしまう。
それを防ぎ、そして私自身も守るためには説得しかない。
エリゼは公爵令嬢、身繕いなど自分でしたこともなかったけれど、エリコの記憶がそれを補う。黒髪より細く繊細なプラチナブロンドの髪を真っ直ぐに解き直すのは難しいので、ちょっとピンをお借りして即席夜会巻きに。
流石にドレスに戻るのは一人でできないため、簡素なベージュのワンピースをお借りして着替える。
ストーンとシンプルなワンピースと中身の貴賓に違和感があったが、それは仕方ないとして。
「私としたことが、ご迷惑をおかけいたしましたわ。私、ハロテルプテム王国、公爵家のエリゼ・ノア・フェエルテフォルトです。」
「ほお、ハロテルプテム王太子の婚約者のか。」
相対する金髪の美丈夫は、私が婚約破棄された情報は得ていないらしい。けれど、好都合。地位は高ければ高いほど、交渉に重みが出るからだ。ただ嘘はつきたくないので聞こえなかったふりで続ける。
「本当は街道を整備してきちんと国境を越えてここに伺いたかったのですけれど。緊急の用件で国境の手続きなく伺ってしまったのですわ。」
「緊急?ほお、公爵家の令嬢ともあろう人が。たった一人、共も連れずにか......。緊急というだけで飛び越えられるとはうちの国境警備も甘いものだな。まあ、ともかく女性に先に名乗らせておいて、こちらが名乗らないのは礼儀に反するな。私は、グレイトヒルド第二王子で、現在はこの地方連隊第11部隊第二の指揮を取るアーサー・デュエル・ド・グレイトヒルド。隊員たちは追って名乗らせよう。で、貴女は何用でこちらにいらっしゃったのか。偵察にしては、その魔力枯渇状態は得策とは言えないのではないか?」
どうやら、グレイトヒルドの第二王子は私の元婚約者の王太子より大分鋭そうだ。私の魔力残量を正確に見極めていての発言だろう。
「実は。せっかく街道が通ったのですもの。友好を深めません?街道の発展のために。」
「それのどこが、緊急なのかはさて置き、貴女が通した街道......。だが、他にも街道はある。ここは3カ国に面した奇異な立地だが、両国の王都には遠い。ここを通る理由はないのだ。」
このアーリマント村を含む辺境の地を治める辺境伯家出身の、現王の側妃を持つアーサー王子を、正妃とその子第一王子のデリュート様が王位継承権争いにおける力を削ぐという目的で支援をしていない。そのことは、街道を引く前に密かに聞いた会話から知っていた。ただ、街道を通しただけでは危機は脱していなかったのだ。
外交に有利に働く美しい外見、優秀な頭脳、思いやりもあるけれど、正義のためには戦いも怯まない完璧王子として、国民や一部の貴族達からは次期王位にアーサー王子をと望む声が大きくあるという噂を聞いていた。この軍の人達もアーサー王子を慕っていそうな雰囲気だったし、王都からの応援がなくても人望で大軍を作れてしまうような人かもしれない。
でも、私に対する目、はっきり敵対しているわ。
「それに見てみろ。」
そういってアーサー王子がテントの外を見るように促す。」
国境を超えたハロテルプテム側の岩場の奥、遠目に見る活火山を指し示す。
火山なんて不穏なものがみえたら、もうこの地は終わりだ。
実際には街道に影響がないだろうがわざわざこんな危ない地域を通って行き来をしようという人もいないだろう。
「貴女はならず者以上の厄介ごとをもたらした!どうしてくれる。ただ、残念だな。あの溶岩の流れは避けて軍を進めることができる位置にある。侵攻を防ごうと火山で防御したのかもしれないが、残念だな。計算違いなのか?」
うっ。あの火山を噴出させたのは私だ。誰にも迷惑をかけない地を選んだはずだ。
だけど、それで迷惑をかけているのなら謝るべき?
いや、敵陣で弱音を見せると負けだ。
そして私は王太子の婚約者という誤解を維持しつつ、国と国との交渉であるように自信を持って反論しなければ。
「何を仰っているのですか?王子殿下。あの火山は、私の渾身の魔力を込めた貢物ですのよ。オーホッホ。」
王太子の婚約者イコール高貴な令嬢とはどんな雰囲気で話せばいいかわからないけれど、高笑いをしつつ身体を傾けて、少し斜めに王子を見てみる。
うん、これぞ小説に出てくる悪役令嬢、高い身分の令嬢っぽく振る舞えているわ。と、自己満足に浸っていると。エリゼの記憶は自分自身に呆れているような気もするけれど。
「馬鹿にしているのか!」
突然ムキムキで大柄な男性腰の剣に手をかける。咄嗟に結界をはろうとするより早くアーサー王子がその身体で私を庇う。
はあああっびっくりした。咄嗟に結界がを張ろうと思えたのはエリゼの記憶の賜物だろう。
「失礼した。大丈夫か。これは私の護衛ボンブ。まだ、話せるか?」
先ほどまでの怒りの表情が和らぎ、心配げに声をかけてくださるエメラルドグリーンの揺らぐ瞳に、別の意味で鼓動が早まりそうになる。
王子は、ボンブに向かって静かに声をかける。
「火山が貢物。この話の結末を聞かずに殺めるなど、一生解けない謎かけに悩むことになるかもしれないぞ。筋肉を超える理屈なしが座右の銘のお前には別にいいのかもしれんが。」
王子は私の心配ではなく、謎かけが解けないことを心配していたらしい。
じゃあ、謎が解けたら殺めてもいいということ?。




