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32.いってらっしゃい

青空を彩るように、リーンゴーンと鐘が鳴る。

厳かにオルガンの音が響いて新郎、新婦が入場してくる。


新郎はライトグレーのスッキリしたタキシードだ。長い裾までのシルエットとツートンになっている襟元にセンスを感じる。胸には花嫁のブーケから一輪抜いてきたような成果が飾られている。

新婦は少しクリーム色を織り込んで上品な光沢を出したオフショルダードレス。新郎の瞳に合わせた宝石を中央に配したティアラから流れるベールはドレスの裾を遥かに超えて曲線美を見せる。

長ければ長いほど魔除けの意味が強いとされているベールだから、これだけの長さがあれば魔王避けにすらなるかもしれない。


次にまた鐘がなり、その後に続くのはふわふわした世界観のある木琴のような調べだ。熱帯雨林の中の幻想的な楽園を思わせる音色。


生花が撒かれた小径を進んでくる新郎新婦は胸上までを真っ赤な布で包み、腰から下には黄金の色で包んでいる。上衣の胸元には、金糸で複雑な文様が描かれ、その文様と遂になるような赤い糸で施された文様が裾に向けて描かれている。

髪はスッキリとコンパクトにまとめた上に、大きな薄紫の花をあしらっている。

新婦の手にはグリーンとビビッドカラーンが目立つ南国風ブーケ。それに合わせて施されたネイルもビビッドな赤だ。


そして、また鐘が鳴った。カランカラーン。結婚式らしい厳かな鐘の音というより発車注意の鐘と言った趣。

流れてくるのは、この世界でおそらくマイカル王子と私だけがそのメロディの理由を知っている鉄道アニメのテーマ曲だ。


新郎だけでなく、新婦まで上着は詰襟スタイルに白い縁取り。下は新郎は上着と合わせたプレスがきちんとかかったパンツ。新婦はタイトな共布のスカートだ。

頭には赤と黄色のラインの入ったキャップ。制帽スタイルだ。

新郎の胸元には花ではなく、笛といってもホイッスル。新婦の手には金色に輝くベル。だが、ブーケスタイルではなく、木製の持ち手がついたものだ。この国では鉄道の出発を知らせるのは、もちろん電子音ではなく、この鐘なのである。


ここは、ディストレアン宛のマーガレット女伯爵領地。

色のない岩場という地形とシンプル極まりない建物という特徴を逆に活かして、3Dマッピングの効果によって空間のイメージを時々によって変える。

そうすることで、新郎、新婦のどんな衣装にも合う空間作りができる変幻自在のウェディングパークを作ったのだ。


3カ国周遊ツアーがお手軽に行けるようになったおかげで、富裕層とまでいかない少し裕福な層まで、国外旅行が浸透をはじめていた。


特にマーガレット女伯爵の恋物語が成就したことで、切ない恋愛成就の聖地となったこの土地は多くのカップル客で賑わっている。それならばいっそ。

そう思って作ったのが、リゾートウェディングパークだ。


ウェディングという特需が、リゾート地に移動して行うことで、同行者を含めた大きな旅行需要も見込めると説明すると、マーガレット女伯爵はずいぶんと借地料をふっかけてきた。支える騎士を持った貴婦人の強さは本当に侮れない。


まあ、ウェディングパークができると聞くや否や純白にブルーのリボン模様を描く水陸両用車をオーダーして、会場とハロテルプテムの市に新婚夫婦誘導し、生活用品丸ごと買わせようというツアーを始めようとするナルシア様の商魂も逞しさもすごいが。さらにその計画には、事前見学に来た夫婦は鉱物加工工場に案内して、一生に一度の婚約指輪や結婚指輪をハロテルプテムでオーダーさせようという続きまであるというから凄いものだ。確かに関税をかけずに、質の良さで有名なハロテルプテムの鉱物加工技術を活かしたリングを手に入れることができるとなれば、利用者にとってもメリットしかないだろう。


こういった手腕は、ある意味今後ボンクラ王太子が治めることとなるハロテルプテムをエリゼの代わりに支えるには、ナルシア様は適任者だと認めざるを得ない。


ある晴れ渡った日。白をベースとした岩場が、太陽の光をいろいろな方向に反射して、美しく輝いているこの日に、ウェディングパークのお披露目の模擬結婚式会が開かれている。


広い会場には、3カ国の貴族、富裕層、一般の方と身分を問わず、多くの人が集まっている。

お料理についても。

各ウェディングのテーマに合わせた豪華なものが並んでいる。綺麗に装飾されたお料理は、感動を持ち帰った人々が、地元でここのお話を広めてくれる、その口コミのための先行投資だ。


とはいえ、紙の箱に入った所謂駅弁はウェディングパークの宣伝というよりはマイカル王子のてっちゃん布教活動にしか見えないのだが。まあ、鉄道あるところにてっちゃんあり。鉄道路線の広がりとともにその人口が増えていることは否めない。

日本でも市電を貸し切った結婚式とか人気だよねというマイカル王子の強い意見をいただいて、個性ある結婚式のイメージとしては採用させてもらったが。


そして、この後、私も出演する機会を設けた。


真っ白な絹の着物を幾重にも積み重ね、外側も真っ白ながらマーガレット王女に描いてもらった雄大な鳳凰の文様が織り地として浮かび上がるようにしてもらった一品。

そして頭からには綿帽子。真っ白な繭を頭に乗せたような形の優しく、柔らかい形をしている。

帯に差すのは魔除けの意味を持つ懐刀だ。


そして、隣に立つのは......。


完璧な美丈夫のアーサー様ではなく。


「サラ。最高だわ、やっぱり。トップスターは、洋物だけでなく、和物もこなせてのものだものね。」


サラの格好は、黒の五つ紋付といわれる背中胸の二箇所と袖にも門をあしらった男性和装の最高の格付けを持つもの。

吸い込まれそうな漆黒がサラの美貌を際立たせている。

男性とは異なる細い腰には、銀の帯。この帯の華やかさが、黒を不幸の色ではなく、幸せの色であることを意味付けている。

なぜ白無垢の私の隣に立つのが、サラなのか。


アーサー様は臣籍にに下るといっても公爵家当主となる身。王家の親戚筋の家格を持つ公爵家、その婚姻ともなれば、1週間も前から分刻みで型通りの儀式をこなさねばならず。衣装もドレープの長さから、ティアラに嵌め込む宝石の種類に至るまで、細かい取り決めがなされている。


エリゼも公爵令嬢としての記憶でその分刻みのスケジュールはソラで言えるほどだ。


アーサー様が治めることとなるグレイトヘルムの公爵領。その領地の象徴となるべき、壮麗な教会。

その教会の長い長いバージンロードを、公爵家に定められた長い長いベールを流して歩む私。そして、その先にはもちろん、美丈夫ぶりをこれでもかと輝かせたアーサー様の微笑み。その傍らには、アーサー様の瞳の色と同色のベルベットで作られたリングピローに置かれた繊細な結婚指輪。

窓の外には真っ青な空と真っ白な海岸。コバルトブルーの優しい波が打ち寄せている。

そういった姿を想像すると、まあ一週間のがんじがらめの儀式程度、いくらでも乗り越えられる私ではあるのだが。


ただ、細かく定められた衣装、お食事、書類の準備。その準備はもちろん膨大で結婚してください、はい年内になんてライトな流れにはもちろんならない。


でも、このウェディングパークのお披露目式の方が先に来ることから未婚の私の隣にアーサー様でも他の男性でもくることは問題で、男装のサラが来ることになったのだ。


そして、この男装での婚礼は、サラたっての望みでもある。


「私、ボンブのことは外見も中身も丸ごと受け入れているんだけれども。」

ある日、2人で温泉でペディキュアを眺めて楽しんでいる女子トークタイムにサラはこう言った。


こと、結婚式の瞬間だけを思い浮かべると、ウェディングドレスを着た自分の隣に理想の花婿を添えるとしたら、ボンブじゃなくて自分自身なんだよね。


サラは整った顔立ちとすらりとした体型だから、どの婚礼衣装のドレスを着ても間違いなく似合うだろう。


そして、その隣に正装したボンブを立たせてみる。

ムッキムキの筋肉で腕周りや背中、腿も布地をはちきってしまいそう。物音ひとつで野性の本能が反応するのか鋭くなってしまう目つき。

ダメだ。正装した美人猛獣使いと服を着せられた猛獣しか想像ができない。


和装だとどうだろう。これも.....ダメだ。武士も凛々しい顔立ちで鋭い表情をしているものだが......。堀の深い暑苦しい顔に高そうな体温。和装がもたらすどこか清涼感のある心地よさが吹き飛んでしまうようだ。


ボンブ。決して外見が悪いわけではないのに.......。婚礼衣装だけは抜群に似合わないようだ。



確かに、美麗な男装の奥に乙女チックな憧れを持っていそうなサラのこと。理想の花婿は自分なのだろう。


その話を聞いたマーガレット女伯爵が共感して、サラの新郎絵姿にサラの花嫁姿を合成したイラストをプレゼントすると息巻き、今日のこの日、サラは男装版のモデルを務めているということだ。


ただ、これは数年後の後日談。ディストレアンのある盗賊がいくつかの貴族のお屋敷に入ったところ。日頃、夫の目にも触れない納戸の奥から、新郎サラ、新婦そのお屋敷のご夫人という肖像画が出てきたことが数件重なったという。


サラの花婿絵柄。その価値の高さを知ってのマーガレット女伯爵の申し出だったとしたら怖過ぎるお話であった。

まあ、サラが男装の方であればいくらでも使って下さいと笑い飛ばしていたため良しとするが。


花嫁姿だけの隣にくるのは、自分でなければボンブだけ。そういう乙女な想いも可愛らしい。


話は戻って、サラの黒門付の袴姿の横に立った私である。


私にとってこの花嫁衣装は。


この世界へのお嫁入りだ。エリコとして育ててもらい、生きてきた日本という家を出て、グレイトヒルドとその隣国が彩るこの世界へのお嫁入り。


もう帰らないと決めた、日本に心の中で感謝のお手紙を読む。私が日本でもとっても素敵な日々を過ごさせてもらったことは、この国境地帯から溢れる幸福感が証明している。

この国境地帯の発想は、私がこの世界を訪れる前の旅の経験からきているのだから。


3Dマッピングにて彩られた、神社風の建物から、前を歩くサラから大和撫子らしく一歩下がって、足を踏み出したとき。


「いってらっしゃい。」

さようならではなく、この世界での長い旅路に出発する私を見送る日本の家族、友人、旅先で出会った人たちの声が、風の向こうで聞こえてきたのは、決して夢ではなかったと私はずっと信じている。





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