30.どこへ
「私に言っておかなければならないこと?」
「エリゼ、初めてマイカル王子と会った日のことを覚えているか。」
忘れるはずもない。あんな個性的な喋り方の人、初めてあったんだから。
「流石でシー。エリゼ氏。その発想大事でシー。」
こんな感じだったかな。
「話し方ではない。なぜ、初対面のはずのマイカルが、なぜかエリゼだと知っていた。同じ世界から来たとしても、話してから気づくのが普通だ。エリゼも言われててっちゃんという言葉を聞いて同じ世界から来たことを知ったはずだ。」
たしかに。なぜ知っていたのだろう。
「私は、エリゼが異世界人だと知ってマイカル王子について徹底的に調べた。そして、あの時からエリゼを知っていた理由も聞いていた。黙っていてすまない。」
王子たるもの簡単に謝るものではないと教育を受けてきたことがわかるだけに、重みのある言葉に、アーサー様の誠意を感じる。
「悪人......。ではなかった?んですよね。大丈夫ですよね。」
徹底的に調べるとタダの鉄オタさん行動ではなくて、全世界の乗っ取りなどと言った野望を持った人だったと言われてしまったりすると、元同じ世界から来ている私としては、アーサー王子様や軍の皆さまにも申し訳なさすぎる。
「悪人、ではないな、どちらかというと私にとっては恩人となるが。ただ、彼は鉄道が絡むと凄い力を発揮する。マイカル王子が、貴女をこの世界に召喚したのだ。」
王子は呟くように話し始めたが、やがてエリゼの瞳の奥に語りかけるように話しを続ける。
「召喚。マイカル王子は、元の世界のエリゼのことを何故か知っていて、鉄道を発展させるためには、鉄道路線をどうするかよりもなぜ人は動きたくなるかということが大切だと言っていた。そしてネットという媒体を通じて知っていた貴女を呼び出したと言っていたよ。」
ある意味とてもありがたいWeb記事の読者か。そこまで評価していただいている人がいたというだけでも、日本での私の仕事に意味はあったということだ。
「そして、とてもここからが重要なのだが.......。召喚した本人であれば、元の世界にも返せるのではないかと尋ねたところ、おそらくは大丈夫だと。だから、エリゼには選択肢があるのだ。元の世界に帰るか、このままこの世界に残るか。」
そして、少し目を逸らしてアーサー王子は続ける。
「今なら引き返せるはずだ。エリゼも。.......私も。一人で少し考えてみてくれないか。」
アーサー様はただ、静かにこちらをじっと見つめた後、去っていき私は一人残された。
ここは、『住めば都』。
これは、ある意味マイカル王子に感謝しなければならないのかもしれないが、膨大な魔力を持つエリゼに転生させてもらい、あらゆる才能溢れる軍の皆様や3カ国のほぼ最高に近い権力者の近くに置いてもらえた。
そのおかげで、日本では幾千、幾万の競争に勝ち抜いていかないければ出来ないかもしれない遠い夢だった設備のプロデュースもさせてもらえて、人々の喜ぶ様子も間近で見せてもらえた。
対して、旅に出ると日本の素晴らしさを知る。とは、よく言われればいるけれど、異世界に来て、元の世界の素晴らしさを知ったのも事実だ。
この国では膨大な魔力と国1番の開発力をもたらす恵まれた環境でしか実現できないことも。
日本ではあらゆる人たちが日常の中で実現できている。遠距離の移動も、映像の見学も。そして、背後に争いが迫ることを意識することのない日常も。
予約システム、ネットでの宣伝。本当に魔法使いでもなかなか実現できない世界がそこにはあって。
その素晴らしい日常に、退屈を感じることまであって。本来ならあることがありがたくて仕方がないはずの情報もその提供の過多に疲弊するほどで、でも私はその情報でたった一人でも心を潤してくれる人がいるのを祈って旅行記事を書いて。
富裕層ではないけれど、貧困のどん底に落ちることもない、なんとなく安全で、なんとなく幸せな日常。
どちらの世界も、辛いこともあっても素晴らしいことも溢れるほどあって、選択肢を消してしまうことができそうにない。
私はその考えを先延ばしするために、女伯爵と騎士の原稿に取り組む。
バーホテルは市のサンプル提供を兼ねている。市で流行っている商品を多数置くことで宣伝をし、バーでの選択を集計することで次の売れ筋を知る。こう言った相乗効果をもたらすよう計算されているのだ。
と、最終的にうまくいくにしても途中には色々な挫折しそうなポイントがある。
王侯貴族の世界、女性の日常生活は賛美の言葉に溢れている。男性貴族たちは、息を吸うように女性にその装い、表情、持ち物あらゆるものを褒め称える。
でも、女性が政治的な動きをするとなると話は違う。女伯爵の成功に、手腕を褒め称えることはせず、その成功は全て王女という立場のおかげ、その失敗は女だからと囁かれる。
心が折れそうな時にまた背中に手を添えてくれるのは、もちろん夫たる騎士 ロイだ。全てをみて、暖かく見守って自分を認めてくれる手がたった一つあるだけで女伯爵は何度でも立ち上がれるのだ。




